排出量取引制度とは|基本情報と2025年最新情報、今後の展望を解説

温室効果ガスの排出削減を目的とした排出量取引は、世界各国で導入が進むカーボンプライシングの一手法です。企業や団体が排出枠を売買することで、経済活動と環境対策を両立させる仕組みとして注目されています。
2026年度からは、日本国内でも排出量取引制度の本格的な稼働が予定されており、国内企業も対応が求められる重要なテーマです。本記事では、排出量取引制度の基本情報をはじめ、2025年の最新動向や今後の展望について詳しく解説します。

排出量取引(排出権取引)とは

排出量取引(排出権取引)とは、CO2排出枠に価格をつけて売買することでCO2削減を促進する、カーボンプライシングの枠組みの一つです。以下では排出量取引の目的や、日本国内でのこれまでの取り組み内容について紹介します。

排出量取引の目的


出典:「排出量取引制度」って何?脱炭素の切り札をQ&Aで 基礎から学ぶ(外務省)

排出量取引の主な目的は、2050年カーボンニュートラルを実現に近づけることと、企業に脱炭素への投資を促す環境を整備することにあります。CO2排出量が多い企業については、2028年度を目途に炭素に対する賦課金(化石燃料賦課金)などの実施も予定されています。
ただし、単純に企業の負担を増やすのではなく、政府による20兆円規模の脱炭素投資支援などと組み合わせながら、脱炭素のための企業による早期設備投資を促すのが主な方針です。

排出量取引と炭素税との違い

排出量取引を含むカーボンプライシングには、主に以下3つの種類があります。
・政府によるカーボンプライシング
・インターナル(企業内)カーボンプライシング
・民間セクターによるクレジット取引

この中で、排出量取引は政府によるカーボンプライシングに含まれます。同じく政府主導の取り組みとして「 炭素税」がありますが、これは燃料・電気の使用に伴うCO2の排出について、その量に応じた税金を課す制度です。日本では2012年から段階的に施行され、2016年までに当初予定された最終税率まで引き上げが完了しました。化石燃料を使用すると税金の負担が重くなることから、環境に優しいエネルギーへの切り替えを促進する役割を担っています。
一方で排出量取引は、企業にCO2排出量上限(排出枠)を設け、上限を超えた分は他の事業者などから排出枠を購入することで相殺する仕組みです。産業全体で排出量を抑制するため、企業はCO2排出量をそれぞれの排出枠内に収める努力が求められます。最大限のCO2排出削減に取り組んだうえでも削減が難しい温室効果ガスは、購入によって排出枠を増やす選択肢もある点が炭素税とは異なっています。

カーボンプライシングについて詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。

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カーボンプライシングとは|脱炭素戦略における導入のポイント

排出量取引のこれまでの流れ

排出量取引は、以下3段階のフェーズで進められています。これまでの流れと今後の予定を時系列でまとめます。


【第1フェーズ】
カーボンニュートラルへの移行に向けた挑戦を行いつつ、国際ビジネスで勝てる企業群がGX(グリーントランスフォーメーション)を牽引する枠組みとして、2023年に「GXリーグ」が発足しました。
2024年度時点では700社以上が参加し、各自が2025年度までの温室効果ガスの排出削減目標を掲げて削減活動を続けています。また試行的な排出量取引も同時に行い、排出量削減の機運を高めてきました。

【第2フェーズ】
2026年度からは、一定規模以上の排出事業者を対象に排出量取引が義務化されます。CO2排出量の削減達成に向けた規律の強化、公平性・実効性の高い制度運用を発展させる予定です。

【第3フェーズ】
2033年度から、カーボンニュートラル実現のカギとなる発電部門の脱炭素化に向け、段階的に発電事業者に対する排出枠の有償オークションを導入します。オークションを通じた排出枠の売買を通して、幅広い企業がCO2排出量に応じたコストを公平に負担する形となることで、さらなる企業の行動変容や経済の構造転換を促すことができるのではないかと期待されています。

2026年度から本格稼働する「排出量取引制度」


出典:「排出量取引制度」って何?脱炭素の切り札をQ&Aで 基礎から学ぶ(外務省)

排出量取引制度とは、政府によって設けられた排出量の枠に対して、排出枠の過不足を企業間で取引する制度です。CO2排出量の枠を超えてCO2を排出する企業に対して、集中的に排出削減の取り組みを促す仕組みで、日本では2026年度から本格稼働を予定しています。
それぞれの排出主体は排出削減コストに応じて、以下の対応から行動を選択できます。
①自社で排出削減を行う
②余剰排出枠を保有する他の制度対象者から排出枠を購入する
③制度によってはオフセットクレジットを活用する

排出量取引制度の対象となる事業者

政府が現在検討している骨子では、以下に当てはまる事業者が排出量取引制度への参加を義務付けられる見込みです。
・CO2の直接排出量 3年間の平均が年10万トン以上
・製鉄、石油、自動車、化学などの大手事業者400社程度が該当

政府は毎年、それぞれの事業者にCO2の排出枠を無償で割り当て、もし事業者が割り当てられた枠を超えてCO2を排出した場合は排出量取引市場で排出枠を購入します。期限までに必要な排出枠を購入しなかった場合は、不足している排出枠に応じた負担金の支払いが求められます。一方で排出枠が余った場合は、市場で売却して換金したり翌年度に繰り越したりすることができる仕組みです。

排出枠の取引価格はどう決まる?

排出枠の取引価格は、基本的には市場で排出枠の需要と供給が一致したときに価格が決まるとされています。しかし、市場価格は需給の状況によって変動が見込まれるため、政府は現時点で価格安定化の措置として上下限価格を設定する予定としています。上下限の水準については、有識者や産業界などの意見も踏まえながら今後順次決定される見込みです。

排出量取引制度を義務化するメリット

排出量取引制度を義務化するメリットは、次の3つです。

脱炭素化推進の加速につながる

排出量取引制度は、製鉄・石油・自動車・化学などの大手事業者400社程度に対して義務化が検討されていますが、これら温室効果ガス排出が集中する産業へ重点的にアプローチすることで、脱炭素化推進を加速することにつながります。
ただし、排出量取引制度の対象となる事業者は、温室効果ガス排出量を直ちに減らすことは難しい可能性もあります。すぐに成果は表れなくても、常に排出削減方法を模索しつつ企業間でそのノウハウを共有し合い、産業全体の脱炭素化推進を加速させることが重要です。

企業の計画的な投資を促進する

排出量取引制度では排出枠の過不足について事業者間で取引が可能となりますが、その前提には企業が最大限の温室効果ガス排出量削減の努力をすることが求められます。この考え方が広く浸透すれば、企業の脱炭素に向けた投資を後押しし、よりカーボンニュートラルな社会の実現に近づくことが考えられます。
また排出量取引制度の整備においては、企業のコスト面のハードルが上がらないよう排出枠取引価格に上下限を設定し、価格安定化のために必要な措置が講じられる予定です。

CO2排出量を削減した企業へのインセンティブ

排出量取引制度は、企業に割り当てられた排出枠の過不足分を売買する仕組みです。温室効果ガス排出量の大幅な削減に成功し、排出枠が余った企業は、排出枠を売却する際の金銭的インセンティブが得られます。売却で得た資金によって新たな設備投資を実施したり、環境保護の取り組み範囲を広げるなどの行動変容につながる可能性もあります。

排出量取引(排出権取引)における今後の課題

GX製品の市場での価値創出

GXに伴う喫緊の課題は、脱炭素投資によって生産した環境にやさしい製品(GX製品)が、その他の製品よりも高く評価される市場環境を整備することです。GXは一般的に付加価値が目に見えづらく、温室効果ガスの排出量が低い生産設備などの導入はコストがかかることから、完成したGX製品の価格は他製品に比べて高くなりがちです。
これによってGX製品が選ばれない状況を回避するため、政府は今後10年間で150兆円超の官民GX投資により、技術革新を推進します。これによりGX製品・サービスを生み出すためのコストを下げる動きを加速させる予定です。さらに、今後排出量取引制度が定着し排出枠の取引価格が高くなれば、従来の非GX製品の価格は上がり、GX製品の価格上昇を抑えることになります。非GX製品の価格が上がれば、企業はGX製品を積極的に生産し、消費者はより価格が安いGX製品を選択することにつながります。
また、政府は次世代自動車を購入する際の「CEV (Clean Energy Vehicle)補助金」などを実施し、補助金によって非GX製品との価格差を低減させる取り組みをあわせて実施することで、GX製品の価値を認めたり、積極的に利用する人や企業を増やす対策も行っています。

不正取引や価格高騰への予防措置

CO2排出枠は現状では相場が存在しないものであり、相場の操縦行為といった不正取引や、価格高騰に備えた措置は事前に検討しておくべき課題です。政府の有識者会議では、規制は市場の発展段階に応じて導入すべきとの考えや、そもそも市場の開始段階で一定程度の規制を整えておくべきという考え方もあります。
また、日本国内でGHG排出規制を強化することによるカーボンリーケージの発生も考えられます。カーボンリーケージとは、温室効果ガス排出量の多い国内企業が規制の緩やかな国へ製造拠点などを移すことにより、結果的に世界の温室効果ガス排出量が増加してしまうことを指します。
公正な市場を実現し、効果的な温室効果ガス削減につなげるために過度な規制が適当でない面もある一方で、実際の需要とかけ離れた価格高騰を防止するための規制が必要な面もあり、政府は今後も検討を続けるとしています。

まとめ

排出量取引(排出権取引)は日本政府が掲げる2050年カーボンニュートラルの目標達成に欠かせないものであり、企業へ脱炭素に向けた投資を促す環境整備を目的としています。国内では2026年以降に排出量取引制度の本格稼働を控えており、企業は新たな規制や脱炭素への動きの加速に対応する必要があります。
カーボンニュートラルの実現において、企業はCO2排出量削減戦略を強化し、自主的な排出削減やクレジットの活用を検討することが重要です。今後も国内外の政策動向を注視しながら、適切な対策を講じていきましょう。

【参考】