ネイチャーポジティブとは|企業に求められる対応と国内事例をわかりやすく解説

ネイチャーポジティブは、生物多様性の回復など自然の状態をより良くすることを意味します。環境への配慮が求められる現代、企業にとって経済活動が環境に与える影響を最小限に抑えつつ、ネイチャーポジティブへ対応することは重要です。
本記事ではネイチャーポジティブの概念をわかりやすく解説しながら、企業が取り組むべき対応策や国内での成功事例を紹介します。持続可能なビジネスモデルを築くために、ぜひお役立てください。

ネイチャーポジティブ(自然再興)とは

ネイチャーポジティブとは、生物多様性の損失に歯止めをかけ、回復傾向へ向かわせるための取り組みです。ネイチャーポジティブという名称と考え方は、2021年6月に英国で開催されたG7サミットで結ばれた「2030年自然協約」をきっかけに世界に広く知られるようになりました。この協約では、「2030年までに生物多様性の損失を止め、反転させる」ことが明記されています。ネイチャーポジティブはカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに続く世界の潮流になりつつあります。

ネイチャーポジティブはなぜ重要なのか?

国際連合食糧農業機関(FAO)が公表するレポートをもとにまとめた「世界森林資源評価(FRA)2020」によると、世界の森林面積は1990年から2020 年の30年間で1億7,800万ヘクタール(日本の国土面積のおよそ5倍)が減少したと言われています。また、国際自然保護連合(IUCN)の調査では、2024年6月時点で評価対象とされている動植物15万7,190種のうち、およそ28%の4万4,000種以上が絶滅の恐れがあることがわかりました。
世界経済フォーラム(WEF)の2020年の調査によると、ネイチャーポジティブ経済へ移行することで、2030年までに年間10兆ドルものビジネスチャンスを生み出し、約4億人の雇用の創出が見込めると発表されています。また、同じ調査では自然の損失によって世界GDPの半分である44兆ドルが崩壊の危機にさらされるとも指摘されました。企業にとって、気候変動対策やサーキュラーエコノミーへの移行は喫緊の課題といえるでしょう。

ネイチャーポジティブとTNFD

TNFDとは「自然関連財務情報開示タスクフォース」のことで、生物多様性や自然環境の変化が自社の事業活動にどのような影響を与えるか、リスク・機会を評価するためのフレームワークです。よく似た言葉にTCFD(※)がありますが、TCFDは「気候関連財務情報開示タスクフォース」を意味し、企業の気候変動対策への取り組みの開示を推奨しています。
TNFDが自然環境・生物多様性の保護にフォーカスした内容である一方で、TCFDでは気候変動対策を重視しているという違いがあります。TNFDは企業がネイチャーポジティブに取り組むためのガイドラインを提供しており、「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクトの管理」「指標と目標」の4つの柱で評価します。

※2024年より、TCFDからの要請を受け、ISSB(IFRS財団の国際サステナビリティ基準審議会)が企業の気候関連情報開示の進捗を監視する責任を引き継いでいます。

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ネイチャーポジティブを取り巻く国内外の動向

ネイチャーポジティブの取り組みは、すでに国内外で広がっています。以下では海外の動きと日本国内の動きについてまとめます。

海外の取り組み

ネイチャーポジティブは2021年6月の英国G7サミットによって世界の共通認識となりましたが、同時期にネイチャーポジティブを後押しする概念として「30by30」目標が掲げられました。30by30とは、2030年までに地球の陸・海それぞれの30%以上を自然環境エリアとして保全するための目標です。

さらに翌2022年12月には、国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において、2030年までの新たな世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。この中では2030年のミッションとして自然を回復軌道に乗せ、生物多様性の損失を止める、または反転させるための緊急の行動をとるネイチャーポジティブの実現が示され、2050年までに「自然共生社会の実現」を達成するためのさまざまな目標を掲げています。

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日本政府の取り組み

2023年6月に閣議決定された環境白書(2023年版)では、国内の環境白書で初めてネイチャーポジティブの概念が提唱されました。続く2024年版では、『自然資本充実と環境価値を通じた「新たな成長」による「ウェルビーイング/高い生活の質」の充実』をテーマに掲げ、自然再興・炭素中立・循環経済の同時達成に向けた方針が示されました。
加えて、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に対応した戦略として「生物多様性国家戦略2023-2030」も立ち上げられ、2030年のネイチャーポジティブの実現に向けて5つの基本戦略とそれぞれに対応した目標が掲げられています。

出典:生物多様性国家戦略2023-2030の概要(環境省)p.1

ネイチャーポジティブ実現に向けて企業に求められること

ここまでネイチャーポジティブの概要や動向について解説してきましたが、「では企業としてどういった取り組みが必要なのだろう?」と疑問に思った方も多いのではないでしょうか。ここでは事業活動内で実現できるネイチャーポジティブの取り組みをご紹介します。

事業活動が生物多様性に与える影響を正しく評価する

ネイチャーポジティブについて企業の実務担当者が抱くことの多い疑問に、以下のようなものがあります。
・なぜ当社が生物多様性に取り組まなければならないのか?
・当社の事業と生物多様性とは、あまり関係がない気がする
・仮に取り組まなかった場合、何かペナルティがあるのか?

企業が行う活動が自然環境や生物多様性にどのような影響を与えるのか、あまりよくわからない方も多いでしょう。しかし、生物多様性との関係性を分析・評価しないままでは、投資家や取引先を含めたステークホルダーへの説明責任を果たしたとは言えません。原材料の調達から輸送・加工・販売といったサプライチェーンまで、すべての経営活動における影響を多角的にとらえることが重要です。
現時点では、ネイチャーポジティブに取り組まない場合の法令上のペナルティは存在しません。ただし、中長期的に見れば欧州をはじめとする環境保護施策の先進エリアとの取引が不利になる可能性が考えられます。まずは生物多様性と自社との関係性を明らかにすることで、将来起こり得る経営リスクの回避や、投資家からの信頼獲得につながります。

体制構築から見直しまでの4つのステップ

企業がネイチャーポジティブへの取り組みを実践する場合は、以下4つのステップがあります。

プロセス1:関係性評価・体制構築・自社と生物多様性の関係性を認識し、体制の構築を行う

・事業活動と自然資本の関係性(影響・依存度・リスク・機会)の把握と分析を行う

プロセス2:目標設定・計画策定・戦略や方針に加え、それを裏付ける指標と目標を定める

・実施計画やモニタリング計画の設定

プロセス3:計画実施・計画を実践に移す
プロセス4:検証と報告・見直し・結果をモニタリングし、必要に応じて計画の見直しを実施


出典:生物多様性民間参画ガイドライン(環境省)要–3/p.27
ステップの中で横断的に情報開示やステークホルダーとのコミュニケーションを挟むことで、より効率的にプロセスが実施でき、自社の経営戦略や価値創造につながる計画の立案・実施につながります。

戦略・目標設定と情報開示

自然環境や生物多様性は、同じ日本国内でも場所によってそれぞれ特徴があり、事業活動による影響もさまざまです。そのため、事業を実施する場所別でネイチャーポジティブへの取り組みを計画・実施することが重要です。
しかし、ネイチャーポジティブを視野に入れた実践が必要と理解していても、一足飛びに計画を進めるのは現実的ではありません。そこで環境省では、以下の5段階で目標設定や活動を行い、徐々にステップアップする方法を推奨しています。


出典:生物多様性民間参画ガイドライン(環境省)要–3

また戦略立案や実施の状況はできる限り積極的に情報開示し、社内外の理解を求めることも必要です。地域社会での自然保護活動の貢献について、自社の事業と関連させたストーリーとして情報開示できれば、より広く地域社会の理解を得られ社内の環境意識の向上にも役立つでしょう。

ネイチャーポジティブの国内事例

キリンホールディングス

キリンホールディングスのグループ会社であるキリンビバレッジ株式会社では、幅広い自然保護活動を行っています。紅茶の茶葉を栽培するスリランカでは、現地の紅茶農園の若者を対象に野生生物保護のための教育プログラム実施のために資金援助をし、生態系保護の重要性を伝えています。また国内では、横浜・神戸・岡山にあるキリンビール工場でビオトープの整備や絶滅危惧種の保全活動を展開し、地域の生態系を豊かにする取り組みを進めています。

積水ハウスグループ

積水ハウスグループでは、「5本の樹」計画として全国各地で地域の在来樹を中心に植栽する活動を実施し、2001年からの20年間で1,709万本以上もの樹木を植えました。また大学との共同研究で、「5本の樹」計画の実行によって地域の在来種の樹種数を平均5種から50種へ10倍に押し上げる効果があったとの数値も明らかになっています。今後もこの計画の推進を通じて、生物多様性の基盤強化につなげることを目標としています。

日本航空株式会社

日本航空株式会社では、2023年の「自然に関するコミットメント」において、事業活動が自然環境に与える影響を回避・低減・回復・相殺の優先順位で対応することを公表しました。すでに「2050年CO2排出量実質ゼロ」を目指して省燃費機材への更新や運航の工夫を重ねていますが、事業とネイチャーポジティブとの関係性を水リスク・生物多様性リスクといった複数の観点から明らかにし、自然資源の保全に努めています。

まとめ

ネイチャーポジティブは、自然環境の回復と保全を目指すための新たなアプローチです。国内では、植林などの自然再生プロジェクトや生物資源の利用計画に基づいた在来生物の保護活動などを進めている企業があります。企業がネイチャーポジティブへの取り組みを実践することは、環境保護への貢献だけでなく、長期的な利益や社会的評価の向上にもつながります。持続可能な未来を築くため、まずはネイチャーポジティブと自社の経営活動との関係性から分析を始めてみてはいかがでしょうか。

【参考】