SBTs for Natureとは?自然資本フレームワークの意義やガイダンス、事例も解説

「SBTs for Nature」とは、企業の事業活動による自然資本への影響を評価し、目標設定・分析・情報開示するための、科学的根拠に基づいた目標設定フレームワークです。企業は「SBTs for Nature」を活用することで、自然資本へのリスクを軽減し、社会的信頼性の向上や持続可能な経済活動を行うことができます。

本記事では「SBTs for Nature」の意義や「SBT(Science Based Targets)」との違い、そしてガイダンスについて具体的に解説します。また企業事例も併せてご紹介しますので、ぜひご一読ください。

SBTs for Natureとは

SBTs for Nature とは何か、どのような組織が作成したのかを具体的に解説していきます。

SBTs for Nature はSBTの自然資本関連のフレームワーク

SBTs for Natureは経済活動の自然資本への影響を企業が評価し、目標設定・分析・情報開示するための、科学的根拠に基づいた目標設定フレームワークです。学者、慈善家、市民社会団体、企業などからなる国際イニシアチブ「Global Commons Alliance」の構成要素のひとつである「SBTN(Science Based Target Networks)」により作成されました。

SBTs for Nature の対象は、自然界の「淡水」「陸地」「生物多様性」「海洋」「気候」の5つの分野に渡ります。

SBTs for Natureが注目される背景

多くの経済活動は自然資本に依存しており、そのため自然資本は劣化が進行している状況です。

具体例を挙げると、EV(電気自動車)メーカーのテスラは、ベルリンの地下水減少地域でのギガファクトリー計画において、地下水量管理が不十分であることに対し、地元から訴訟されました。また米国ミネソタ州に本社を置く3Mは、2016年以降、同社の米国施設による有毒な過フッ素化物質と、ポリフッ素化物質(永久化学物質)を水路に放出していました。そのため法的責任を問われ、米国の公共水道事業者(PWS)との和解合意金額は、105億ドルから125億ドルになるといわれています。

これらは自然資本の持続可能性に対する明確なリスクといえます。社会経済活動を持続可能とするために、企業は自然資本に対するリスク管理の概念を経営方針に掲げる重要性が高まっています。そのため、企業の自然資本関連リスクの指標となるSBTs for Natureが注目されています。

SBT(Science Based Targets)とは

SBTとは「Science Based Targets」の略です。 SBTはパリ協定での「世界の気温上昇を産業革命以前のレベルから2℃を下回り、また1.5℃に抑える努力をする」という目標に一致した「科学的根拠に基づいた目標設定」のことです。

企業は最新の科学知見に基づいたSBTを活用することにより、明確な道筋のもと効果的な温室効果ガス削減行動を実施できます。SBTは「CDP(Carbon Disclosure Project)」、「UNGC(国連グローバルコンパクト)」、「WRI(世界資源研究所)」、「WWF(世界自然保護基金)」の4つの機関で運営されています。

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SBTi(Science Based Targets initiative)とは

またSBT指標を元にしたツール、ガイダンスを提供している国際イニシアチブに「SBTi(Science Based Targets initiative)」があります。 SBTi は主に気候変動に関する目標設定を行っているイニシアチブです。

SBTと SBTs for Natureやそれぞれの違い

SBTやとSBTs for Natureなど、混同しやすい名称とのそれぞれの違いを解説します。

名称違い
SBT(Science Based Targets)パリ協定の目標(世界の気温上昇を産業革命前より2℃を下回り、また1.5℃に抑える)と整合した企業が設定する温室効果ガス排出削減目標のこと。
SBTi(Science Based Targets initiative)SBTの設計を支援・認定している国際イニシアチブ。英国の慈善団体として設立され、「SBTi Services Limited 」という子会社がサービスを運営。
SBTs for Nature企業が自然関連リスクの情報開示するための目標設定フレームワークのこと。
SBTN(Science Based Target Network)国際イニシアチブ「Global Commons Alliance」 を構成する要素の一つ。持続可能な社会を実現するための目標として「SBTs for Nature」の設定を提唱している。

SBTs for Natureの意義

SBTs for Natureには次のような意義があります。それぞれを詳しく解説していきます。

  • 科学的根拠に基づいた信頼性の高いフレームワークである
  • 企業の自然資本に関するリスク把握と低減
  • ネイチャーポジティブの実現

科学的根拠に基づいた信頼性が高いフレームワークである

SBTs for Natureは、最新の科学的根拠に基づき設定されているため、信頼性が高いという特徴があります。科学に基づく目標設定は将来的な成長を保証し、コストの節約や投資家の信頼向上、イノベーションと競争力を促進することに繋がるため、ビジネス上においても理にかなっています。さらに環境課題に敏感な消費者に対しては、具体的な持続可能性への取り組みを示すことができます。

企業の自然資本に関するリスク把握と低減

自然は適切に管理されていれば、社会への中長期的な恩恵享受、レジリエンス(回復力)、繁栄の基盤となります。そのためには企業は自然資源の持続可能な活用を実施することが重要です。SBTs for Natureの科学に基づく目標設定は、現状の企業活動における自然資本関連のリスク把握を促し、またそれによる対策を講じることでリスクを低減することができます。

ネイチャーポジティブの実現

ネイチャーポジティブとは、「生物多様性の損失に歯止めをかけ、自然の状態を回復傾向へ向かわせより良くするための概念ことを指します」です。近年、ネイチャーポジティブの考え方は国際的に注目されており、特に事業活動のバリューチェーンにおける取り組みは重要視されています。企業は自社の事業リスクの低減および事業の持続可能性を高めるため、 SBTs for Nature の活用に努める企業が増えています。

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SBTs for Nature のガイダンス

ここでは SBTs for Nature のガイダンスについて詳しく解説していきます。ガイダンスは5つのステップからなりますが、現段階(2025年3月)で公開されているのは、ステップ1と2、およびステップ3の「淡水」「土地」「生物多様性」「気候」までです。

SBTs for Nature が網羅する5つの自然分野

SBTs for Nature では、「淡水」「陸地」「生物多様性」「海洋」「気候」の5つを課題領域とし、これに関するガイダンスの設定を行っています。「淡水」に関しては「計測・設定・開示」までのガイダンスが開発されており、実施が可能です。

「気候」に関しては、前述のようにSBTiによって開発されたガイダンスの活用が推奨されています。

TNFDとの関連性

SBTs for Natureは、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)とも連携しています。TNFDとは、企業に「生物多様性を含めた自然資本を回復させる」ことを推奨する国際イニシアチブです。

TNFDでは、自然関連課題の評価のための統合的なアプローチである「LEAPアプローチ」を推奨しています。 「LEAPアプローチ」には「自然との接点」、「自然との依存関係」「インパクト」「リスク」「機会」などの項目が含まれています。SBTs for Natureは目標設定のフレームワークを、TNFDは自然環境からの影響評価と開示のためのフレームワークを提供しているという点で、軸としている観点が異なりますが、両フレームワークが重複するスコープもあります。SBTs for NatureとTNFDの双方に取り組むことで、企業は自然資本関連リスクをより軽減することが可能です。

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企業の影響範囲は4つに分類される

SBTs for Natureでは、企業の直接的な事業活動、また企業が直接コントロールをしていないが、影響を与える範囲全体を4つに分けています。

・Direct Operations(直接的な事業活動)
企業が直接コントロールしている建物、工場、農場、小売店など。これには過半数所有の子会社も含まれます。

・Value Chain(バリューチェーン)
原材料の供給から製品の廃棄までを含む一連の流れのことです。バリューチェーンは、上流(仕入れや原材料、輸送)と、下流(製品の使用や廃棄)の2つに分けることができます。

・Value Chain-Adjacent Areas(バリューチェーンに隣接する領域)
バリューチェーンの拠点に隣接する自然環境や流域、景観、海景のことです(例えば、水資源が重要な工場の近くの川など)。

・Systems(システム全体)
社会経済システムや生態系システム(例えば、企業の環境リスク開示を通じて影響を受ける金融システム、企業による農業の取り組みによって影響を受ける食料システムなど)のことです。企業が直接的・間接的に与える影響の広範囲を含んでいます。

目標設定の5段階アプローチとは

SBTs for Natureのアプローチ方法は、次の5つのステップになります。

ステップ1:Assess(評価)
ステップ2:Interpret & Prioritize(理解・優先順位付け)
ステップ3:Measure, Set & Disclose(計測、設定、開示)
ステップ4:Act(行動)
ステップ5:Track(追跡)

ステップ1. Assess(評価)

自社の自然資本に関連する最も重要な課題を洗い出し、それらがバリューチェーンのどこで発生しているかを評価・特定します。これにより企業は環境負荷の初期推計や、目標設定の潜在的な課題分野の候補を、リストアップするなどの成果が得られます。

ステップ2. Interpret & Prioritize(理解・優先順位付け)

Assess(評価)の結果を解釈し、迅速に行動を開始できる影響領域、特にバリュー チェーン全体を意識しつつ、さまざまな場所の優先順位付けを実施します。これらの実践で目標設定の優先順位や、さらに有力な候補のリストアップを実施。必要な取り組みに対する初期の値が得られます。

ステップ3. Measure, Set & Disclose(計測、設定、開示)

SBTs for Nature の設定フレームワークや、SBTsなどの利用可能なガイダンスを用いて、あらゆる場所で必要な行動のベースラインの決定や、モニタリングの開発を実施します。これによりベースラインや目標達成の予定、そして期限を含めた行動プログラムを作成できます。またステップ3では、「淡水」に関しての水量や水質についての目標設定の取り組みも提示されています。

ステップ4. Act(行動)

目標を実現させる確実な計画を開始するために、SBTs for Nature の設定フレームワークを活用しつつ、最善の方法を用いながら計画を策定します。企業はこれらの実践により、優先的な場所での確立した行動計画を実践できます。

ステップ5. Track(追跡)

計画の進捗をモニターし、必要があれば計画の検証を行い戦略を調整していきます。そして進捗情報を一般に開示します。これにより企業は実践した行動に対しての成果や知識、成功要因を確認することが可能です。

SBTs for Natureの動向や課題

SBTs for Natureの今後の動向と国内での課題を見ていきます。

SBTs for Natureの動向

2020年9月:SBTs for Natureの企業向けの初期ガイダンスを公表
2023年5月:「STEP1&2」および「淡水」のガイダンスv1.0、さらに「土地利用」のガイダンスv0.3を公表
2023年7月:「淡水」と「土地利用」に関する目標の設定ガイダンスを公表
2024年9月:「海洋」のドラフト版ガイダンスが公表
2025年:SBTs for Natureの開発が完了予定

SBTs for Natureの開発が完了すれば、世界的に取り組む企業はますます増えることが予想されます。

SBTs for Natureに取り組む日本企業の課題

日本企業にとってSBTs for Natureのような自然関連情報の開示には、以下のような課題も存在するため、課題解決のための対応策も必要です。

  • サプライチェーンを特定できている企業とそうでない企業の差がある
  • ネイチャーポジティブへの具体的な貢献度への評価が未定である
  • 生物多様性との関連性やリスク・機会の評価が業種ごとに異なり、ギャップがある
  • 気候変動分野よりも専門性が高いため、対応が難しい

SBTs for Natureを初採用した企業

SBTs for Natureを採用した企業の事例をご紹介します。

ケリング

高級ブランドグループのケリングは、淡水と陸地の両方でSBTs for Nature を採用しました。サプライヤーの皮なめし工場を含めた自社工場が位置するトスカーナ州のアルノ川流域に焦点を当て、目標を設定しています。ケリングはその他にも、重要な景観イニシアチブに参加するなど、土地への影響に対処するための目標設定も行っています。

GSK

世界を代表するバイオ医薬品企業であるGSKは2030年までに水不足地域での事業において水資源のニュートラル(水資源の使用量の実質ゼロ)を実現することを掲げています。水不足の流域にあるインドのナシックの製造拠点に焦点を当て、淡水に対するアプローチを検証するためSBTs for Natureのガイダンスを実施します。

ホルシム

世界的な建築資材企業であるホルシムは、同社が事業運営において保有する詳細な水資源データを活用して、メキシコのモクテスマ流域をターゲットに淡水取水量を削減するという目標を設定しました。

まとめ

企業の自然資本への影響を開示するのに必要な、目標設定フレームワークSBTs for Natureについて詳しく解説しました。自然破壊や汚染は生態系の機能を低下させ、結果的に地球上のすべての生命を脅かします。持続可能な経済活動を行うためにも、企業のSBTs for Natureへの積極的な参加が求められます。

【参考】