TCFDとは|脱炭素経営に求められる対応、国内の取り組み事例を紹介

気候変動に対応した企業経営がますます重視される中、近年注目を集めているのが「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」です。気候変動のリスクに備え、TCFDの指針に基づいた情報開示をおこなうことは、企業の持続可能な経営につながります。そこで今回はTCFDの概要と企業が得られるメリット、実際の取り組み事例もあわせて紹介します。

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とは

気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)は、各企業の気候変動への対応状況の開示を推奨する国際組織です。

TCFD設立の背景

TCFDが設立された背景には、2015年のパリ協定が関連しています。パリ協定をきっかけに世界中で温室効果ガスの削減に向けた取り組みが加速し、企業にとっても気候変動への対策が喫緊の課題とされました。

英国中央銀行総裁のマーク・カーニーは、2015年のスピーチで「気候変動は金融システムの安定を損ない、金融機関にとって脅威となり得る」と述べました。金融システムの安定を損なう3つのリスクとして以下を挙げています。

  1. 物理的リスク:洪水や暴風雨などの災害等から生じる金融資産への影響
  2. 賠償責任リスク:気候変動から損失・損害を受けた者が補償を求める場合、炭素の採取者と排出者に打撃を与える可能性がある
  3. 移行リスク:低炭素経済へと進む過程において、大規模な資産価値の見直しが発生する可能性がある

このことから、早期に気候変動リスクを理解し、中長期的な目線で対策を講じることが重要だとしています。

こうした流れの中、G20の要請を受け金融安定理事会(FSB)がTCFDを設立し、2017年に気候変動に関する情報開示や金融機関の対応方法に関する具体的な指針を示した「TCFD提言」を公表しました。それぞれの企業が環境課題に取り組む方針について情報開示を促進することを目的としています。

TCFDが企業に与える影響

現在、世界中で環境に配慮した経営を求める動きが進み、日本でも2022年の東京証券取引所再編の際に、プライム市場上場企業に気候変動関連の事業リスク開示が義務化されるなど、企業への要求は高まっています。さらに、経済産業省や東京証券取引所では、TCFD提言に沿った報告を求める動きも示しており、2023年3月時点でTCFDへの賛同企業は日本が世界全体の4分の1以上(1000社以上)を占め、トップとなっている点は情報開示基準の統一性という点から評価されています。TCFD自体への対応は義務ではないものの、将来起こり得る環境課題を予測し、企業としてどのような取り組みでそれを乗り越えていくのかを示すことは、ビジネスの安定性を図る面でも、社会的信用を得る面でも欠かせません。

TCFDの公式サイトから必要事項を記入して送信すると、オンライン上に賛同企業として自社の名称が掲載されます。企業の規模に関わらず登録が可能なので、まずは賛同企業となった上で具体的な気候変動への取り組みを開始してもいいでしょう。

TCFDにおけるシナリオ分析とは

TCFD提言に沿った情報開示をおこなう場合、シナリオ分析の考え方を理解する必要があります。ここでは、シナリオ分析の意味と具体的な分析方法について解説します。

シナリオ分析の意味とメリット

シナリオ分析は、将来の気候変動が企業に与える影響を予測した上で経営戦略を練る手法です。さまざまな場面を想定してシナリオ分析をおこなうことにより、自社がどのような気候変動のリスクに対して強みや弱みがあるのかがわかります。特に気候によって業績が左右される業種では、将来の環境変化を見据えた戦略を立案することで経営が安定するメリットがあります。

シナリオ分析のステップ

シナリオ分析は以下のステップで実施します。

  1. 分析対象となる事業の決定
  2. リスク重要度の評価
  3. シナリオ群の定義
  4. 事業インパクト評価
  5. 対応策の定義
  6. 文書化と情報開示

まずは自社の中でも分析の対象とする地域・事業・企業(連結決算範囲のみまたは子会社も含むなど)といった範囲を決定します。まずは一部の地域や国、特定の事業単位から始めて、徐々に全社へと範囲を広げていくといいでしょう。そのうえでTCFDが提言しているリスク・機会の項目をもとにリスク項目を列挙していきます。さらにそれぞれのリスク・機会が与える影響の大きさからリスク重要度を評価します。次にシナリオ群の定義として、自社が目指す脱炭素の取り組みの方向性を定義します。社内の関連部署や経営陣と情報をすり合わせながら、それぞれの脱炭素に向けたシナリオが自社の戦略面・財務面に与える影響を評価し、最後に具体的な行動計画を定めて情報開示をおこない完了となります。

出典:TCFDを活用した経営戦略立案のススメ「2.シナリオ分析実践のポイント」(環境省)

TCFD提言を構成する4つの要素

TCFD提言では、企業に対して以下の4項目で情報開示をするよう求めています。順番にチェックしていきましょう。

ガバナンス(Governance)

ガバナンスでは、気候変動のリスクと機会について企業で適切に管理するための組織体制を開示します。責任の所在を明確化し、役員や取締役会などによる監視体制の構築など、全社的にTCFD提言に取り組む姿勢があるかどうかが問われます。

戦略(Strategy)

戦略では、気候関連のリスクがもたらす企業への影響を開示します。影響は現在目に見えているものだけでなく今後発生する可能性のある潜在的なものも含みます。また、短期・中期・長期的な気候変動がそれぞれ経営戦略や財務計画に与える変化を明らかにし、自社の脱炭素化に向けたビジョンを明確にする必要があります。

リスク管理(Risk Management)

リスク管理では、将来起こり得る気候変動に伴うリスクを正しく評価し、管理するプロセスが問われます。気候関連リスクに正しく対処するため、リスクの整理と優先順位づけが社内で統合的におこなわれていることが重要です。

指標と目標(Metrics and Targets)

指標と目標では、環境関連のリスクと機会を自社が評価する際、どのような指標を用いているかを開示します。またScope1からScope3までの温室効果ガス排出量をGHGプロトコルに沿って算出・開示し、脱炭素経営に取り組んできた実績や進捗状況もあわせて報告します。

企業がTCFD提言に従って情報開示をするメリット

TCFD提言で定める情報を企業が開示することで、どのようなメリットがあるのでしょうか。社内・社外双方でポイントとなる部分について説明します。

投資家や金融機関からの評価が上がる

昨今は企業の環境問題への取り組み姿勢が投資家の評価に直結しています。TCFD提言に沿った情報開示をおこなうことで、企業の気候変動リスクに対する取り組みや将来起こり得る環境課題への適応能力が明らかになり、投資家や金融機関からの評価が高まると考えられます。

また、今後、投資家からのESG投資をするにあたってのサステナビリティへの取り組みに関する情報開示要求がますます進むことが考えられます。

全社的に環境問題に取り組む意識が高まる

TCFDが推奨する情報開示の枠組みでは、組織を横断して情報収集をおこなう必要があります。そのプロセスでは経営陣だけでなく現場の社員の理解も欠かせません。社内体制を整える中で、社員の環境保護に対する意識が向上し、持続可能な経営への取り組みが促進される効果があります。

企業の信頼性や価値向上が期待できる

TCFD提言に従ってリスクと向き合い、全社を挙げて環境問題に取り組むことは、企業価値の向上につながります。あらゆる環境の変化を想定し、逆境に強い中長期の経営戦略を掲げることで企業の信頼性が向上し、取引の機会創出など良い影響が得られるでしょう。

課題となりうるポイント

TCFD提言を通じて情報開示をする際、多くの企業で課題となるポイントがいくつかあります。自社に当てはまるものがあれば、事前にしっかり対処しておきましょう。

データ収集や情報開示が難しい場合がある

TCFDの推奨に沿った情報開示には、多くのデータを正確に収集する必要があります。また、情報開示に向けた文書作成も労力のかかる作業です。これらの課題に対応するための社内体制やプロセスが整っていない場合はプロジェクトが頓挫しかねないため、事前にどういった流れで情報開示を実現させるかを整理しましょう。

組織の内部プロセスを変革する必要がある

TCFD提言に対応するためには、まず経営陣の環境意識を高め、強いリーダーシップで情報開示に向けた行動を推進する風土を作り上げることが重要です。これまで限られた部署やメンバーのみで脱炭素に向けた取り組みをおこなってきた場合、まずは組織の内部プロセスを見直すことから始める必要があります。

中長期スパンでの報告・開示体制を構築する必要がある

TCFDの情報開示を実現するまでの流れは一朝一夕で終えられるものではなく、全社を巻き込んで時間をかけておこなうべきものです。短期間で完璧に実行しようとするのではなく、まずは身近な環境課題から着手して、段階を追って情報開示に向けた社内の動きを加速させることが重要です。

脱炭素経営に向けた取り組みの一環として、外部の支援パートナーのサポートを選択するのも一つの方法です。

自然電力株式会社では、TCFD開示支援・GHG排出量算定支援といったESGコンサルティングやJ-クレジットや非化石証書などの環境証書の購入をご支援するサービスを提供しています。より具体的な脱炭素の取り組みをおこなうために、各種ソリューションや導入方法について詳しく知りたい方は、以下のページをご参照ください。

TCFD提言への日本企業の取り組み状況と事例

日本企業におけるTCFD提言の取り組み状況や具体的な事例を紹介します。

農林中央金庫

農林中央金庫では、シナリオ分析に「2℃/4℃」の温度帯別のアプローチと、設備投資における「ダイナミック(積極的な設備投資をする)/スタティック(設備投資はせず現状を維持する」という合計4軸の設定をおこない、かかるコストの予測や投資先への影響を独自に分析しまとめています。自社の経営状況が投資先にも大きな影響を与える金融機関ならではの詳細な情報開示です。

株式会社商船三井

株式会社商船三井は、事業に影響を与えると考えられる「荷動き変化・燃料費・炭素税・代替燃料船の導入・新規事業機会」の5つの項目について、2050年までにかかるコストを開示しています。また気候変動のリスクに備えるために今後3年間の投資計画を変更し、代替燃料船の整備や、低炭素・脱炭素エネルギー事業の拡大を発表しました。

積水化学工業株式会社

積水化学工業株式会社は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次・第6次評価報告書の内容を参考に、「気候変動の緩和が進む/進まない」という軸と「社会システムが地方に分散する/大都市に集中する」という軸の2つの軸を独自に設定し、4つの気候変動シナリオを用いた分析をおこなっています。その結果を通して気候変動に対する戦略の妥当性を見直すとともに、脱炭素の実現に向けたマイルストーンの再設定と経営戦略への反映を報告しています。

まとめ:TCFD提言を理解して持続可能な経営へと舵を切りましょう

TCFD提言は企業が気候変動に対応した経営をおこなっていることを情報開示するための重要な枠組みです。今回解説したTCFD提言を構成する4つの要素とシナリオ分析、情報開示をすることのメリット、国内企業の具体的な対応事例を参考に、自社ではどのような取り組みができるかを考えてみましょう。そして長期間に渡る持続可能な経営を実現し、ぜひ市場での競争力を高める足掛かりを得てください。