TISFDとは?企業内とサプライチェーンの社会的リスクを可視化

TISFDは、企業内外に潜む、労働環境やバリューチェーン、地域社会などに関する社会的リスクの評価基準を作るタスクフォースです。今後、ESG投資やグローバル競争において、TISFD評価基準への対応は重要になってくるといわれています。

本記事ではTISFDの概要、日本企業に与える影響、TISFDの展望をわかりやすく解説します。

TISFDとは?

TISFD(Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures)は、不平等や社会課題に関する情報開示を促す国際的なタスクフォース(作業部会)です。国連開発計画(UNDP)やOECDの支援のもと、2024年に創設されました。

TISFDの役割

① 不平等や社会課題の可視化サポート
② 情報開示の国際的な枠組み作り
③ 多様な立場の人たちと連携

TISFDは企業や組織が人々に与える影響や、不平等・社会的リスクを可視化するための国際的なフレームワーク作りを進めています。この枠組みで報告された情報が、さまざまなステークホルダーによって評価されることで、公正で持続可能な企業活動の実現につながります。設定される課題の具体例は後述します。

TISFD創設の背景

時期主な出来事
2021年9月不平等関連財務情報開示タスクフォース(TIFD)の暫定事務局が組成

UNDPなどが参加し、不平等に関する情報開示の必要性を議論

2022年6月B4IG(グローバル企業の国際連合)の理事会にて社会関連財務情報開示タスクフォース(TSFD)設立提案

労働・人権、社会課題の開示枠組みを議論

2023年4月TIFDとTSFDの設立準備組織が統合を正式表明

WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が当統支援

2023年8月TIFDとTSFD統合タスクフォースがTISFDワーキンググループを設置
2024年9月TISFDが公式サイトを公開

活動方針案「People in Scope」を発表

2024年9月UNDP・ILO・PRIなどの国際機関とWBCSDが共同でTISFDを正式に発足

TISFDの創設の背景には、企業活動がもたらす社会的影響の深刻化があります。環境破壊や経済格差、労働環境の悪化など、企業が人々や地域社会に与える負の影響は拡大しています。このため投資家や規制当局の間で、企業の社会的影響に関する情報開示の必要性が強く意識されるようになりました。

こうした流れを受け、2021年に社会不平等を扱うTIFD(不平等財務情報開示タスクフォース)が、翌2022年には社会課題全般を扱うTSFD(社会関連財務情報開示タスクフォース)が個別に準備されました。しかし、両者の領域が重なっていたため、2023年にTISFDとして統合されたのです。

その後TISFDには、UNDP・ILO・PRI・WBCSDといった国際機関や経済団体が支援に加わり、多様な関係者とともに情報開示フレームワークの作成が進められています。

TISFDが扱う企業課題

それでは、具体的にTISFDが扱う企業課題はどういったものになるのでしょうか。フレームワーク自体はまだ完成していませんが、最新の議論やレポート(Proposed Technical ScopeやPeople in Scope)から読み解くことができます。ここでは、TISFDが扱う企業課題を企業内部と企業外部の観点からまとめて解説します。

企業内部の課題

1. 労働環境
TISFDでは賃金、雇用形態、職場の安全、管理形態など、労働環境全般が重要な内部課題として取り上げられています。労働環境が不適切である場合、労働者の人権や健康が損なわれるだけでなく、企業の生産性やブランディングに悪影響が及びます。

2. 人権・ウェルビーイング
TISFDは企業が人々に与える影響を測定するために、「人権」「ウェルビーイング」「人的・社会的資本」の指標を用いた評価フレームワークを提示しています。これは、企業が提供すべき最低限の人権保障ラインとして機能します。企業がこれらの評価基準を下回る状況(例:差別、強制労働、搾取的契約)を放置すれば、ステークホルダーからの信頼失墜や法的リスクを招く可能性があります。

3. 制度や慣行
企業の制度や慣行は、従業員間だけでなく、社会全体の不平等を深める温床にもなり得ます。例えば、性別による賃金格差や昇進機会の不均衡、正規・非正規の待遇差、あるいは人種・年齢などによる構造的な偏りが挙げられます。

企業外部の課題

1. バリューチェーン
企業は自社で直接雇用していない労働者にも、調達方針や価格交渉などを通じて大きな影響を及ぼします。TISFDではバリューチェーンの労働者についても、企業責任を追及します。

2. 地域社会への影響
企業の土地や資源の利用などは住民の生活に大きく影響します。これにより住民との対立や移転問題が生じれば、レピュテーションリスクや事業の停滞にもつながります。TISFDは、これを人々の暮らしの質(livelihood)にかかわる深刻な課題として警鐘を鳴らしています。

3. 公共制度・経済への間接的影響
企業の税戦略やロビー活動は、公共サービス(教育・保健・インフラなど)の提供能力に影響を与えることがあります。ロビー活動は企業に短期的な利益をもたらすかもしれません。しかし、長期的には社会にコストを押し付け、法律や制度の信頼性や公平性を損なう可能性もあります。

TISFDが日本企業に与える影響

TISFDの日本国内での認知度は高いとはいえません。しかし、世界的な取り組みであること、すでに権威ある国際機関やイニシアティブが関与していることから、フレームワークへの対応はいずれ大きなテーマとなる可能性があります。ここではTISFDが日本企業に与える影響を解説します。

CSRの再定義

TISFDの評価基準によって、「企業の社会的責任(CSR)」をより測定可能で説明責任のあるものになります。社会貢献活動の域を超え、人権・労働・地域社会への具体的な影響を可視化し、企業活動の信頼性向上に資することになります。

ESG投資の呼び込み

ESGの中でも「E(Environment:環境)」や「G(Governance:統治)」は指標が整備されている一方で、「S(Social:社会)」の定量評価は難しいとされてきました。TISFDの人権、雇用、地域社会に関する具体的な開示基準に対応することで、ESG評価機関や投資家の企業評価はより明確になります。

【日本企業にとってTISFDの評価基準は厳しい?】
長時間労働や低賃金といった構造的問題を抱える日本企業にとって、TISFDの評価は厳しいものになる可能性もあります。例えば2024年5月、国連は日本のアニメ業界に対して「労働搾取」が行われていると指摘しています。国際的に見て、日本企業の労働環境は批判されることがあるのです。

しかし、TISFDのフレームワークの活用は日本企業が社会的責任を再認識し、労働環境の改善や人権への配慮を改善する機会と捉えることもできます。企業は、外部評価を受けて改善する組織体制を作る必要があります。
TISFDが掲げる理念をサプライチェーン全体に浸透させることで、ESG経営の基盤は強化され、グローバル市場における企業の信頼性は大きく向上します。

TISFDアライアンス

TISFDアライアンスは賛同企業、金融機関、市民団体、規制当局、学術機関などが参加する協議グループ(Consultative Group)です。参加メンバーは、意見提供や知見共有を通じてTISFDの枠組みづくりに貢献します。

項目内容
メンバー資格TISFDの目的に関心を持ち、関連する知見・経験がある組織(将来的に個人も対象になる可能性があります)
参加費無料
契約関係契約や法的拘束力はなく、純粋なネットワーク参加
活動義務時間的義務や報酬なし)
守秘義務共有される情報の機密性を尊重することが求められる
脱退いつでも自由に脱退可能
公開アライアンス参加組織名は公式サイトで公開される予定

アライアンスメンバーに求められるもの

アライアンスメンバーには、TISFDが策定する開示基準や提言に対して、実務的な意見や専門知見の共有が求められます。また、メンバーは特定のテーマに関する議論を深めるワーキンググループや、地域特有の課題に対応するRegional Hubsへの主体的な貢献が期待されます。

一方で、メンバーに義務はありません。費用もかかりません。自身・自社の持つ専門的知識を用いて、協力ベースでの参加となります。

アライアンスへの参加はできる?

2025年4月時点では、TISFDアライアンスは「オープン参加型」であり、特定の申請書類や厳格な審査プロセスは設けられていません。公式サイトから応募が可能です。

なお、現在は企業・組織による応募を対象としていますが、将来的に専門家など個人のアライアンス参加も認められる可能性があります。

これからのTISFD

TISFDは2026年のフレームワーク公表を目指し、他の国際基準との連携やグローバルな普及に向けた動きが本格化していきます。

2026年に向けたフレームワーク策定

TISFDは、2026年までに「不平等・社会関連財務開示」の国際基準となるフレームワークを策定する予定です。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)で採用された「4つの柱構成(例:ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)」に準拠してフレームワークを設計していきます。

他フレームワークとの連携

TISFDは、IFRS財団やISSB(国際サステナビリティ基準審議会)、GRI(サステナビリティ基準の非営利団体)、EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)などの国際基準策定機関との調整を重視しています。特にダブル・マテリアリティ(財務・社会的影響)の観点から、ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)やGRIとの連携が進められています。

世界的な普及

TISFDはグローバルでの基準普及を見据え、各国規制や既存フレームワークとの互換性構築を目指しています。TNFDやTCFDの成功プロセスを参考に、持続可能な社会課題の普遍的ソリューションとして世界的普及を図る方針です。

まとめ

以上、TISFDの概要、日本企業に与える影響、TISFDの展望を解説しました。TISFDは、企業の人権・労働環境・地域社会への影響を明らかにするフレームワークを策定します。TISFDの評価基準に対応することで、国際的な信頼獲得と企業価値の向上を実現することになります。2026年にフレームワーク発表が予定されていますが、事前に理解を深めしっかりと対応することが大切です。

【参考】