トランジションファイナンスとは|企業の脱炭素化を支援する新しい金融手法を解説

トランジションファイナンスは、日本で2021年に策定された新しい金融手法です。企業が温室効果ガスを削減し、脱炭素経営を実現するためには新技術の導入などコスト面での負担が避けられません。これを資金供給によって支援し、脱炭素のための活動を後押しする目的で実施されています。今回はトランジションファイナンスの概要と活用事例を紹介します。

トランジションファイナンスとは

トランジションファイナンスは、新技術の導入などによって温室効果ガスの排出削減活動を行う際、資金供給をして企業の活動を後押しする新しい金融手法です。経済産業省によって、鉄鋼・化学・電力などの8つの産業分野でトランジションファイナンス推進のためのロードマップが示されています。

トランジションファイナンスの目的

トランジションファイナンスの目的は、企業の脱炭素化を後押しすることです。脱炭素化を目指すためには、再生可能エネルギーの活用や設備の更新などといった資金投入が不可欠です。長期的な戦略に基づいて温室効果ガスの排出削減に取り組む企業に対して、コスト面による理由で計画が頓挫しないよう、資金を供給して後押しするのがトランジションファイナンスです。
トランジションとは「移行」を意味し、トランジションファイナンスにおける「トランジション」はこれまでの化石燃料を消費して温室効果ガスを排出していた状態から、燃料の変更・省エネルギー化を目指す脱炭素への転換を指します。脱炭素に一足飛びに変化することは多くの企業にとって難しく、移行する際に生じる企業のコスト面での負担感は、移行に逆風を吹かせる可能性があります。そのような事態を緩和するため、日本政府としても産業界の脱炭素化を推進するためにトランジションファイナンスが開始されました。

トランジションファイナンスの種類

トランジションファイナンスにはいくつかの種類があります。それぞれの特徴について解説します。

トランジション・ボンド/トランジション・ローン

トランジションファイナンスの4つの基本方針(次のセクションで解説)を満たし、資金の使途を特定したボンド(債券)またはローン(融資)が、トランジション・ボンド/トランジション・ローンです。調達した資金の使途はグリーンプロジェクトでなくてもよい一方で、企業の脱炭素に向けたビジネスモデルの転換や、ESG(環境、社会、ガバナンス)に関する取り組みに限定するという決まりがあります。

サステナビリティ・リンク・ボンド/サステナビリティ・リンク・ローン

サステナビリティ・リンク・ボンド/ローンは、トランジション戦略に沿った目標設定を行い、その達成状況に応じて借入条件が変動する資金供給方法です。資金の使途は特に限定されていませんが、トランジションファイナンスの4つの基本方針には従う必要があります。また、KPI設定時には「発行体のビジネス全体に関連性があること」「測定・定量化ができること」「外部から検証可能であること」「ベンチマークが可能であること」などが定められています。ESGの観点から、サステナビリティに貢献する企業を奨励して資金を提供するために2020年6月に策定されました。事前に設定したサステナビリティ目標、またはESG目標を達成すれば金利が安くなるなど、変動要素がある点は他のボンド/ローンと異なる部分です。

グリーンボンド/グリーンローン

グリーンボンド/グリーンローンは、国内外のグリーンプロジェクトに必要な資金を調達するための債券/融資です。資金の使途はグリーンプロジェクトのみに限定されており、資金の動きは確実に追跡・管理される必要があります。加えて、債券発行後や融資獲得後のレポーティングを通じて透明性が確保されなければなりません。グリーンボンド/グリーンローンの活用により、企業のサステナビリティ戦略の強化とリスクマネジメント、ガバナンスの体制整備につながるメリットがあります。

トランジションファイナンスとグリーンファイナンスとの違い

トランジションファイナンスとよく混同されるものに「グリーンファイナンス」があります。グリーンファイナンスの大きな特徴は、資金供給の前提条件として「グリーンプロジェクトであること」が挙げられている点です。グリーンプロジェクトとは、再生可能エネルギーの活用や森林・水などの資源保全、生物多様性の保護といった、明確に環境改善効果をもたらす事業を指します。一方、トランジションファイナンスは持続可能な社会の実現へ貢献するプロジェクトであれば、「グリーンプロジェクトかどうか」に関係なく資金の提供を受けられます。

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トランジションファイナンスの基本方針

日本政府が示すトランジションファイナンスの基本方針は、2020年にICMA(国際資本市場協会)によって公表された「ICMAハンドブック」の4つの方針に則って設定されています。ICMAハンドブックは、国際社会で統一したトランジションファイナンスの考え方を共有し、脱炭素への移行に向けた取り組みへの資金供給を推進しています。以下ではトランジションファイナンスの重要な開示要素である4項目について説明します。

1.戦略とガバナンス

戦略とガバナンスでは、経営戦略・事業計画と連動したトランジション戦略を立案する重要性について指摘されています。トランジション戦略はパリ協定の目標に整合した中長期の目標を立てるべきであり、想定される気候変動のリスクに対応する施策も計画に含む必要があります。温室効果ガスの大幅な削減を達成するには、燃料転換や革新的技術の導入、製造プロセスおよび製品の改善・変更、新しい分野の製品・サービスの開発と提供といった、既存のビジネスの延長にとどまらない観点での事業変革を行うことが重要です。

2.マテリアリティ(重要度)

マテリアリティ(重要度)では、現在および将来において環境面への重大な影響を及ぼす事業を特定する必要性について述べています。気候変動関連のシナリオを複数考慮したうえで、トランジション戦略で自社のどの事業を優先するかを決定することが大切です。

3.科学的根拠

トランジション戦略は、科学的根拠のある目標に基づいて構築することが重要です。2050年までの長期目標に加えて中間目標もあわせて設定し、一貫性のある測定方法のもとで定量的に数値を集めるべきと定められています。さらに、目標設定の際はサプライチェーン排出量の国際的基準である「GHGプロトコル」で定められたScope1から3のすべてをカバーすることを考慮する必要があります。地域特性や業種によって一部条件が異なる部分に留意したうえで、パリ協定の目標の実現に必要なトランジション戦略を立てましょう。

4.透明性

トランジション戦略の実行にあたっては、投資計画の透明性の確保も不可欠です。投資計画には、設備投資だけでなく業務費・運営費・研究開発関連費、さらに設備の解体・撤去にかかわる費用も対象となります。計画の立案時には、可能な限り必要となる費用や投資を把握してトランジション戦略に織り込むことが望ましいでしょう。投資によって得られた気候変動対策の成果は、算定方法や前提要件とともに定量的な数値を示す必要があります。定量化が難しい場合には、定性的な評価として外部認証制度を利用する方法もあります。

トランジションファイナンスが企業に与える影響

ここまでトランジションファイナンスの概要を解説してきましたが、「具体的に企業にとってトランジションファイナンスはどんな影響があるのだろう?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。以下ではメリット・デメリット・今後の課題の観点から企業とトランジションファイナンスとの関係性を解説します。

メリット:企業の脱炭素活動を促進する

トランジションファイナンスを活用することで、企業は円滑な資金調達が可能となります。温室効果ガス排出量の削減に貢献するトランジション段階の新技術の開発・導入や、これまでになかった環境分野のイノベーションを促進することが期待できます。これにより、日本政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」の目標へと近づくための足がかりになるでしょう。

デメリット:グリーンウォッシュと見なされる危険性がある

グリーンウォッシュとは、実態としては環境保護にそれほど貢献しないにもかかわらず、環境へ配慮しているように装った商品・サービスを提供することです。トランジションファイナンスを活用する企業は脱炭素化に向けた事業移行を実行すべきですが、移行中のフェーズであることから消費者に「見せかけの環境保護活動だ」と誤認された場合、企業イメージが低下する危険性もあります。誤認されないためにも企業はトランジション戦略の信頼性をデータとともにしっかりとアピールする必要があるでしょう。

課題:実効性や信頼性について整備が必要

トランジションファイナンスの実効性や信頼性については、今後の整備が急がれています。
・企業のトランジション戦略の妥当性や進捗状況を客観的に評価する仕組み
・金融機関が「GHG排出の多い企業へ融資している」と見なされないためのルールづくり
・トランジションファイナンスをいつまで移行期間とするのか、信頼性の整備
上記3つの課題については、今後も議論が重ねられる予定です。特に金融機関にとっては、温室効果ガスを多く排出する企業を投融資先に選んだ場合、「金融機関も間接的に温室効果ガスを排出した」とみなされてしまう恐れがあります。これによって資金供給が減少する事態を避けるため、ネットゼロに移行する段階での投融資も積極的に評価する仕組みを今後検討する必要があります。

国内のトランジションファイナンス活用事例

2019年以降、世界で約180億ドルのトランジション・ボンドが発行されています。主に中国や日本が発行をけん引する存在で、2023年のアジア全体での発行額は前年比で2倍以上に拡大しました。トランジションファイナンス先進国である日本国内の活用事例について、以下で3社を紹介します。

日本航空株式会社(JAL)

日本航空株式会社は、2050年までにネット・ゼロエミッションを達成するというトランジション戦略を掲げています。その実現に向けて、省燃費機材への更新や運航の工夫を計画しています。また、主要施策の一つとして掲げるSAF(持続可能な航空燃料)の活用では、2030年度までに全燃料搭載量の10%への到達という高い目標を掲げました。これまで航空機は多くの温室効果ガスを排出する交通機関と考えられてきましたが、今後はCO2排出量を大幅に削減できるSAFの割合を増やし、ネット・ゼロエミッションに向けた活動を活性化するとしています。

東京ガス株式会社

東京ガス株式会社は、「2050年CO2ネットゼロ」の実現に向けた移行ロードマップを策定しました。中長期のScope1からScope3までのCO2排出量削減目標を設定し、2030年に向けて需要部門での燃料転換、2050年にはScope3も含めたネットゼロ化を目指しています。2030年までに、脱炭素を含む成長領域に約2兆円規模の投資計画を立てているほか、2030年以降は水素や合成メタンといった温室効果ガスを排出しないエネルギー源を順次導入し、脱炭素化を加速させる計画です。

日本郵船株式会社

日本郵船株式会社は、グループ全体でパリ協定などの国際基準に整合した温室効果ガス排出削減目標を設定しました。トランジション戦略においては、その実現に向けた計画を立案しています。トランジションファイナンスで得た資金の使途候補の一つとして、LNG燃料船などの環境に優しい船舶への移行に加え、将来的にはゼロエミッション船への移行も目指します。さらに新規事業としてエネルギー分野への挑戦も掲げており、再生可能エネルギー事業や水素・アンモニアのサプライチェーン構築のための研究開発や実証を通じて、新たなエネルギーバリューチェーンの構築を推進する予定です。

まとめ

「トランジションファイナンス」は、企業が環境を保護しながら、クリーンエネルギーの調達や事業継続に必要な設備・建物などを運用するための資金を提供し、脱炭素化を促進するための新しい金融手法です。脱炭素経営に移行するまでのフェーズにおいてトランジションファイナンスを活用することにより、企業は環境負荷を低減し、持続可能なビジネスモデルを構築することが可能となります。今後、トランジションファイナンスはますます重要性を増し、企業の脱炭素経営に寄与することが期待されています。日本政府も引き続き制度の拡充・見直しを進めているため、これからも動向をこまめに把握することをおすすめします。

【参考】