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「続いていく未来」のために~クルックフィールズの心地よさの選択

サステナブルな地域の在り方や企業・自治体の先進的な取り組みをウェルビーイングプロデューサーの小田切裕倫が訪ねる「オダギリレポート・サステナ最前線」企画。今回はクルックフィールズを運営する株式会社KURKKUの新井洸真さんを訪ねて千葉県木更津市へ。サステナビリティに対する姿勢や木更津市との協業まで、クルックフィールズの哲学と取り組み、そしてこれからについて語っていただきました。

クルックフィールズ
2019年11月千葉県木更津市に音楽家小林武史氏のプロデュースにより誕生した、農業・食・アートを軸とした美味しさや心地よさを提供するオーガニックファーム。東京ドーム約5個分の広大な敷地にはオーガニックファームの他に酪農場やシャルキュトリーなどがあり、訪れた人はレストランやカフェ、宿泊施設などで味わうことができる。

「いのちのてざわり」をコンセプトにエネルギー・土・水の循環の仕組みを作り上げ、人と自然が共生できるようにするための仕組みづくりを実践。敷地には約8,700枚のソーラーパネルを設置した太陽光発電設備・蓄電池・最適制御システムを備えマイクログリッドを運用。太陽光発電で得た電力の一部を施設内で活用することで年間の自家消費率は80%に至る。
https://kurkkufields.jp/

01意義よりも魅力の発信で、訪れる人に共感・共振を

小田切:さっそくですが、新井さんについて少し聞かせてください。新井さんは東京学芸大学で教員免許を取得されていますよね。もともと先生になろうと思っていたんですか?

新井: 先生になろうとはあんまり思ってなかったですね。

小田切: そうなのですね。何を専攻されていたんですか?

新井: 「オルタナティブ教育」といわれるような、学校教育以外の教育を研究していました。僕は特に野外教育や環境教育など、学校以外の場でどう教育し、学び、成長していくのかということに興味があって。そういう意味で広く教育に興味があったので学芸大学に。教員になるためというより教育について学ぶ目的でした。

新井洸真さん プロフィール
1992年長野県小谷村生まれ。東京学芸大学で教員免許を取得後、筑波大学大学院に進学しアウトドアレジャーを専門に学ぶ。2017年株式会社 KURKKU 入社。タイニーハウスビレッジでの宿泊体験事業をはじめ、施設全体の運営を担う。木更津の地域住民とのコミュニティ形成にも注力。

小田切: その関心はいつから?

新井: 実家が長野の小谷村という、すごく山奥だったんです。そこで自分が自然の中で育ってきたということが、自分を形作っているなというのはなんとなく思っていたんです。それで、高校生の時に田舎から長野の市街地の方に出ていったら、やっぱり周りの人たちとのギャップをすごく感じて。将来や進学を見据えて勉強してきた人と、ただ自然の中で野生児として育ってきている自分とっていう。それで「やっぱり学校だけじゃないよな」という想いがあって、それをちゃんと勉強するために教育の大学に進みました。

小田切: それで筑波大学院にも行き、アウトドアレジャーを学んだと。

新井: そうです。当時、大学院で研究を続けることにも興味があったんですが、研究の成果をどう社会で活かすかにより強い興味がありました。それで、社会の中で実装できる、実現できる場としてクルックフィールズがあると思って働き始めました。そこは本当に思ったとおりですね。

小田切: なるほど。では改めて新井さんの言葉でクルックフィールズの紹介をお願いします。

新井: 最近よく言うのが、クルックフィールズは「続いていく未来」を考えている場所だということなんです。よく聞く言葉では「持続可能性」とも言いますが。続いていく未来を考えると、当然環境のことも考えるし、食料生産のことも考える。僕らはやっぱり資本主義の社会で生きているので、経済的に自立していけるのかも考える。「続いていく未来」という一つのキーワードから多方面に考えている施設というのがクルックフィールズで、それをお客さまと共感・共振しながら村作りをしているというのがクルックフィールズの目指すあり方ですね。

 

 

小田切: 僕の印象ではクルックフィールズはすごく丁度いいというかバランスが取れている場所で。「持続可能社会」というと、極端に言えばお金を介在させないような振り切った思想もある中で、クルックフィールズはこれまでの在り方と「続いていく未来」とのブリッジ役を担っているようだと感じています。そこが一般の方々にも受け入れられている所以だなという気がしているのですが、そのあたりについてクルックフィールズ内ではどういった対話をしてきたんでしょうか。

新井: おっしゃっていただいた通りで、客観的に見ると上手くバランスを取ろうとしている施設ではあると思います。自然のこと、環境のこと、経済のことなどに対してクエスチョンマークを持ちつつも、一方で偏り過ぎないというのは自然と気にしているのかもしれません。クルックフィールズがある千葉という場所もまさに、東京という都市との繋がりの中で続いてきた場所でもありますから。「選んでもらうことでしか変わっていけない、変えられない」という話は代表の小林もよくしていて、「こういう意義だ」と主張するよりも、「こういう魅力があるんだ」という発信をしようとしています。食に関しても「オーガニックです」よりも「美味しいよね」を先に伝えたい。美味しいし、オーガニックという背景があるから更に気持ちがいいよねという、自分たちが感じた魅力をお客さまに伝えていこうとしています。

小田切:いいですね。やっぱりサステナブルとかエシカルという言葉の界隈では、主義・主張の圧力が強いとか、敵を作りかねないような側面があることを僕としては課題感を持っていたんです。その中で、クルックフィールズはそういう境界線をなくしているような存在だなと。排他的な「ムラ」を作ろうとしていないというのがベースにあるのが改めて素敵だなと思いました。

02市との関わりがフィロソフィーの種蒔きに

小田切:近隣のコミュニティや木更津市とはどういう取り組みや関係性を構築していこうとしているのでしょうか?

新井: 地域との関わりはいくつもあります。今、木更津市がオーガニックシティ宣言を掲げているんですが、そのきっかけになったのもここの存在があるよ、なんていう話を木更津市の方がしてくれていて。

木更津市のオーガニックシティ宣言
オーガニックという言葉を「健康で持続可能な暮らしを守るために、環境や社会に配慮し行動すること」と捉え、人と自然が調和した持続可能なまちとして、次世代に継承しようとする取組(オーガニックなまちづくり)を推進する木更津市のプロジェクト。木更津市に在籍する様々な企業や市民が自然環境保全などのアクションを始めるきっかけとなった。
https://www.k-organiccity.org/
https://www.city.kisarazu.lg.jp/shisei/keikaku/organic/1002779.html

小田切:そうなんですね!

新井: 僕らが取り組む有機農業は「これが駄目で、あれが駄目で…」とするよりは、自然の仕組みや環境の中で僕らも循環の一部として手を入れていくというものです。市の職員の方がこれから木更津市をどう作っていくかを考える中で、僕らのオーガニックに対する考え方に着想というか、ヒントがあったみたいです。そういった繋がりから、木更津市とは市立小学校の給食に有機野菜を取り入れる取り組みを一緒に行っていまして。その給食に僕らの野菜を使って頂いたりとか、あとは小学校へうちのスタッフが野菜づくりの指導に行ったり、収穫をした野菜でピザを焼いてみたり。クルックフィールズに来ないと体験できないというよりは、僕らの大切にしていることやフィロソフィーを地域の中にも少しずつ種を蒔かせてもらっているというような繋がりもあります。

 

KURKKU FIELDS内のファーム

 

小田切:その影響で有機農業をやり始める方は出てきたりしているんですか?

新井: 僕らのところで農業に従事してくれていた方が、近隣の市で農業をはじめました。有機JASの水準に値するような環境で有機野菜を育てています。

小田切: クルックフィールズによって周りに少しずつ影響が出てきているんですね。

新井: 出てきていますね。それに木更津市のオーガニックシティ宣言の影響もあって、僕らが直接指導した農家の方じゃなくても、そういう流れができてきているなとすごく感じますね。

小田切: クルックフィールズで研修を受けたい人の需要が高まりそうですね。

新井: それで言うと、本格的な農業という訳ではないのですが、食のメディアである料理通信さんと、年間を通して行う食のプログラムの開催を企画しています。食に焦点を当てながらも、そこに繋がっている農業、自然のことから学んでいくという企画です。先日プレイベントを行いましたが、初回の申込みはすぐ定員になりました。

小田切:今後そういった研修や育成の活動を増やしていきたいというのはあるんですか?

新井: あります。農業には、土地・機械の調達や自然相手によるリスクがあるので、始めるのにハードルがあります。それをクルックフィールズはある程度保障することができる場所なので、ここでまず学んで自信をつけて、自ら農業をしていくための足がかりにして欲しいということはずっと考えていますね。

小田切:来年、再来年と年を経るごとにいろんな企画が実装されていくのですね。

 

KURKKU FIELDSの循環の仕組み
場内で出た生ごみ、刈草、牛糞などを堆肥舎で堆肥化して農場で活用している

03欲望を認めながら脱炭素を選んでいく

小田切: クルックフィールズでは太陽光発電を実施していますが、当初全量を売電していたところから、2021年には自家消費と売電の併用に運用を変更されたと思います。その経緯を聞かせてもらえますか?

新井: 一番のきっかけは、実は台風でした。2019年9月に千葉県に上陸した台風15号の際に施設自体がものすごく大きな被害を受けて、11日間停電したんです。目の前の太陽光パネルは毎日発電をしているのに自分たちは11日間電気を使えない。冷静に考えれば売電しているから当然なのですが、当時は衝撃を受けました。それが直接の大きなきっかけではありました。それ以前からも電力を自給していく考えはあったので、「これをきっかけに自給に切り替えよう」と話はトントン拍子に進んでいったかたちですね。

太陽光発電で施設内の8割の電力を自給している

小田切:今はどのくらいの割合を自給しているんですか?

新井: 8割くらいです。それもバランスを考えて8割としました。100%を目指すともっと設備投資が必要になったり、導入する機械がオーバースペックになったりと、 100%を目指すことで逆に無駄が増えることもあると考えて、バランスを取って8割としました。

小田切:そのくらいが今はちょうどいいよね、という判断だったんですね。

新井: 多分100%の方が取り組みとして分かりやすいのですが、僕らとしては8割の方が自分達らしい気がしていて。

小田切:同感です。コマーシャルのための100%ではなくて、未来をどういう風にしたいかという想いの中で生まれた8割なのだなと、聞いていて感じました。それはそうと、災害時に備える目的と、脱炭素を目指す目的とでは、同じ自家発電でも意味合いが異なりますよね。気候危機やCO2削減などに向けて目指したい姿や感じていることはありますか?

新井: そうですね。ここを探るとクルックフィールズができた背景にも関わるのですが、世界で起こる戦争の背景には経済的な優位性を得るためであったり、エネルギーの権力を巡るものであったり、そういった欲望が背景にありますよね。これについてクルックフィールズでは「環境と欲望」という言葉を以前から使っているんですが、僕たちの日常にもこの矛盾はあって、例えば美味しいものを食べて幸せになりたいという欲望がある中で、調理をすることでCO2は排出されている。暖房もCO2を排出するけれど、寒いときは暖を取りたいと。こうして僕らは欲望と環境の矛盾の中で生きているんですよね。そして、この環境と欲望の間に未来を作っていく鍵があるんじゃないかと僕らは考えているんです。欲望は我慢しきれないので、目を逸らさずに考えていく。自然児にはなれないけど、何を選ぶかは自分たちで選択できる。可能な範囲で太陽光にしていこうとか、環境に配慮された食材にしていこうとか。「これはしないように」「あれはしないように」ではなく、ポジティブに選んでいけるようなことが大事かなと。これが脱炭素でも思うことですね。

小田切:そうですね。「せねばならない」となると、どんどん苦しくなっていく。「せねばならない」にしてしまったが故に、こっちもしなくてはいけない、ということがどんどん出てきてしまうような気がしています。人間として生まれてしまったことを受け止めて、その代わり無理のない範囲で頑張れることは何かを見極める。そうしつつも理想に想いを馳せているということがまず一番大事かなと思っています。クルックフィールズがCO2の削減量をウェブサイトなどで打ち出していないのも、100%を目指さないという考えに通じているのですか?

新井: 確かに(削減量を表記することを)考えたたこともあったんですが、結果として今そんなに打ち出していないですね。聞かれたら答える程度で。僕らは当たり前のように思っているから言っていないということかもしれないですね。

小田切:ナチュラルなものとして捉えているのがとてもいいですね。2021年に木更津市と防災協定を結んだということなんですが、こちらについても聞かせてください。

新井: 木更津市との防災協定では、クルックフィールズは有事の際に協定で定めた地域の方々が一時的に避難できる場所になっていて、避難時には電気、水、食料などを提供します。僕らの想いとしては、今これだけ自給をしているので、公共のインフラが機能しなくなった時にも自立して機能できる仕組みを持っている。ですので有事のときは「自分たちだけは生き延びた」ではなくて、この地域の方がもし困る状況になるのだったら少しでも還元していきたい。共有のものだと思っているので、シェアをしていきたいという感覚から始まった協定なんです。

小田切: 防災拠点としての観点で周辺企業との関わりもあるのでしょうか。

新井: 一緒に何かやろうというのはまだないですね。

小田切:企業がより脱炭素化するためにも公共事業がイニシアティブを取って仕組みや制度を整備してくれると、及第点の脱炭素ではなくて、基準を大きく超えるような取り組みができていきますよね。そこも徐々に変わってくると面白いですよね。

04訪れる人の拠り所になれる場所へ

小田切:2022 年には宿泊施設の「cocoon(コクーン)」、今年(2023年)の2月には「地中図書館」をオープンされました。これからクルックフィールズが取り組みたいことなどについてはいかがですか?

新井: 「クルックフィールズって何ですか」と問われたときに、おそらく一言では「複合型の商業施設」と表現されてしまうんですが、僕らは単に商業施設作りをやっている訳では決してないんですよね。なんと言うんだろう…、拠り所であったり、帰って来られる場所であったり、人によってはクリエイティブの源泉的な場所であったり、色んな人にとっての一つの居場所になりたいということを思っているんですその想いで会員制度や、皆でこの環境を維持していくための保全料を始めているんです。「cocoon」であれば長時間滞在してもらえるので、ホテルに泊まりに来るというより自分の1年間の中の一定の時期を過ごす場所、「地中図書館」も一冊一冊読み聞かせをする場所ではないので自分で何を読むか、どこで読むかを選ぶことで能動的にクルックフィールズに関われる装置として捉えていて。何かを体験できて「楽しかったね」と帰るよりは、最初の話に戻ると「続いていく未来」のために自分がどう能動的に感じてみるか、学んでみるか、知ってみるかに向かっていく施設として「cocoon」と「地中図書館」を作りました。

地層をイメージして本が並べられている「地中図書館」

小田切: 農業体験や飲食は他人と共有する時間ですが、「cocoon」と「地中図書館」はクルックフィールズの中でパーソナルな時間を作れる。パーソナルな時間の延長で未来を考えるという意味では、新しいものを作ったんだなと思っていました。

新井: 「cocoon」に関わっていただいたデザイナーの皆川明さんもそういうことをおっしゃっていました。皆川さんもテキスタイルや生活の道具、身にまとうものを通じて「続いていく未来」を想っている方なので、「cocoon」のプロジェクトもリードしていただきながら作ってきた場所になります。

小田切: 泊まってみたくなります。

2022年にオープンした宿泊施設「cocoon」

05クルックフィールズのこれから

小田切: 最後に改めて、教育研修プログラムなども含めた今後の展望について教えてください。収穫体験のような「やった感」があるもの以外に、問いをたてる、問いかけることで自我を芽生えさせるようなプログラムはこれから増えていくんでしょうか。

新井: ぜひやっていきたいです。そのためにはやはり学校の先生や保護者の方々の理解は必要です。せっかく学校の外にでるからインパクトのあることをやって欲しいと思う先生もいらっしゃいますから。「種蒔きではなく野菜の収穫を…」と求められることもあります。一方で、理解をしてくれている学校では事前にクルックフィールズの取り組みを理解した上で「5年後自分たちが社会に出た時、この取り組みをどう社会の中で仕組み化していくか」をテーマにグループ発表をしたりしているんです。そういった学校も出てきているので、さらに進めていきたいなと思っているところですね。

小田切:面白いですね。僕も人材育成の重要性は日々感じていて、例えば、太陽光パネルをつけたところで、周囲の人達がそれをどう使うかのリテラシーや共通の未来像がなければ、ただの電気を生む装置でしかない。「未来をどう続けるかを考えよう」と促す人材を育成しなければと思っているので、今後のクルックフィールズの動きが楽しみです。今日はありがとうございました。

【Interviewer】
小田切裕倫 Hirotsugu Odagiri
東京都出身、2013年に佐賀県唐津市に移住。佐賀と東京を行き来しながら地域、企業、生産者、社会課題を掛け合わせ広義の意味での場と物語をデザインし、人と人とのつながりを生みだすプロデューサーでありコーディネーター。
一般社団法人GBPラボラトリーズ副代表理事
株式会社Challite代表

取材日:2023年3月
※掲載情報は取材時点のものです。

写真:focus tart   高橋善希(東京都)

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