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世界中で生物多様性の喪失が深刻化する中、政府間組織であるIPBESが果たす役割に注目が集まっています。IPBESは絶滅危惧種の現状や自然資本への依存リスクを明らかにし、持続可能な社会・経済への転換を世界各国政府に働きかけています。
本記事では、IPBESの概要や役割、今後の展望についてわかりやすく解説します。

IPBESとは?
IPBES(イプベス:Intergovernmental Science-Policy Platform for Biodiversity and Ecosystem Services)は、生物多様性と生態系に関する科学と政策の橋渡しを担う政府間組織(政府間国際組織)です。国連機関ではないものの、国連環境計画(UNEP)が事務局機能を担っています。
世界中で生物多様性保全の問題意識が高まる中、参加国は2012年の設立当初の94カ国から約150カ国(2025年7月現在)まで増加しています。
生物多様性とは何か?
生物多様性とは、陸や海、川などあらゆる環境の生き物や、それらが属する生態系に見られる多様性のことです。
国連の「生物多様性条約(CBD)」では、生物多様性を「すべての環境における生物間の変異性」と定義しており、次の3つの側面から説明しています。
・生態系の多様性:森、里、川、海などさまざまな自然環境があること
・種の多様性:鳥、魚、植物などさまざまな種類の生物が存在すること
・遺伝子の多様性:同じ種の中でも個体ごとに違いがあること
生物多様性を守ることは、人類が豊かな自然の恵みを受け続けるうえでも非常に重要です。
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政府間組織であることの意義
政府間組織(政府間国際組織)は、複数の国の政府が条約などを通じて公式に参加し、意思決定や国際協力を行うための組織です。加盟国が主体となり、国際問題に対して共同で方針を決定したり、報告書や勧告を出したりします。
IPBESは政府間組織であるということで、生物多様性の損失に対して政策決定者への提言や研究結果の国際共有などが進めやすいのです。
IPBESの役割
IPBESはの役割は主に以下の4つです。
- 科学的評価
- 能力養成
- 知見生成
- 政策支援
これらの役割を果たすことで、各国の政策立案者や企業が適切な判断を下すための基盤を整えています。

科学的評価 ~世界中の科学的知見をまとめて評価~
IPBESは世界中の研究者や専門家と連携し、生物多様性の現状や将来予測について科学的に評価しています。その報告書は、各国の政策立案者が対策を検討するための重要なソースとなります。
例えば、2019年の「地球規模評価」では100万種の絶滅リスクが警告されました。2024年の「ネクサス評価報告書(アセスメント)」は、生物多様性・水・食料・健康・気候変動という5つの分野が互いに深く関連し合い、同時に危機に直面している現状を世界に訴えることになりました。
能力養成 ~専門家や国々の取り組みをサポート~
IPBESは政策立案者や研究者の能力向上を支援しています。具体的な取り組みとしては、各国の専門家を対象とした研修プログラム、若手研究者を育てるフェロー制度、地域ごとの技術支援ユニット(TSU)による情報共有などが挙げられます。日本でも2024年、IGES(地球環境戦略研究機関)にシナリオ・モデル分野のTSUが設置されました。
知見生成 ~調査が必要なテーマを明らかにする~
IPBESは知識やデータが不足している分野を特定し、今後の研究や政策立案の方向性を示す役割も担っています。
例えば「花粉媒介と食料生産」「土地の劣化と再生」「侵略的外来種」など、従来十分に扱われてこなかったテーマを国際的な評価対象として設定ました。
さらにIPCC(気候変動に関する政府間パネル)との合同ワークショップを通じて、気候変動と生物多様性のつながりなど新たな分野のリサーチも進めています。
政策支援 ~政策に活かせるヒントを提供~
IPBESは科学的評価を政策担当者が使いやすい形にまとめ、実際の制度や法律づくりに活かせるように支援しています。特に「政策決定者向け要約(SPM:Summary for Policymakers)」は、生物多様性政策の重要な参考ソースとして世界各国で活用されています。
日本では環境省やIGESなどが中心となり、専門家の協力のもとSPMの翻訳・公開が進められています。
IPBESと他の国際的枠組みとの関係
IPBESは独立した科学政策プラットフォームとして機能しながらも、他の国際的枠組みであるIPCCや生物多様性条約などと密接に連携しています。ここでは、IPBESと関係する主要な国際枠組みについて解説します。
IPCCとの比較 ~気候と生物の二大政府間科学機関~
IPCCとIPBESは、どちらも科学的知見をもとに政策を支援する政府間組織です。IPCCが気候変動、IPBESが生物多様性を主な対象としています。
両者は2020年に合同ワークショップを開催し、気候変動と生物多様性の相互作用に関する初の統合的分析を発表しました。両機関が連携することで、気候対策と自然保全の一体的な政策立案や、トレードオフの最小化が期待されています。
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生物多様性条約との連携 ~国際合意に科学的根拠~
IPBESは、生物多様性条約の科学的根拠を提供する役割を担っています。CBDが国際的な政策枠組みを定めるのに対し、IPBESは評価報告書やSPM(政策決定者向け要約)を通じて政府間交渉や各国の目標設定をサポートします。
2019年のIPBES地球規模評価報告書は、生物多様性条約の政策議論や目標設定の根拠となり、各国の生物多様性戦略にも反映されました。
TNFDやSBTs for Natureとの協力 ~ビジネスと科学をつなぐ~
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)やSBTs for Nature(自然のための科学的目標設定)は、企業や金融機関による生物多様性リスクの評価・管理・情報開示を促進する国際的な枠組みです。IPBESの知見は、TNFDやSBTs for Natureなど、企業・金融の枠組みにも活用されています。
このビジネスと科学をつなぐ取り組みによって、TNFDやSBTs for Natureは、科学的根拠に基づいた信頼性の高い指標を活用することができます。IPBES側も知見の社会実装や現場からのフィードバックを得られるという利点があります。
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生物多様性リスクが与える企業や社会への影響
生物多様性の喪失は、生態系サービスの低下を通じて社会や経済に深刻な影響を及ぼします。生物多様性リスクがもたらす社会全体と企業活動への影響を整理して解説します。

生物多様性が失われると、社会にどんな影響があるのか?
持続可能な社会を考えるうえで、IPBESが提唱するNCP(Nature’s Contributions to People:自然がもたらすもの)への理解は重要です。NCPは、自然が人間にもたらす多様な価値や恩恵のことで、食料や水の供給、気候の調整、病気の抑制の他、文化的・精神的なつながりが含まれます。
生物多様性リスクが高まることで、これらのNCPが不安定になり、災害や感染症リスクの増大、経済的損失、生活の質の低下といった深刻な影響を招く恐れがあります。私たち一人ひとりも、自然資源の使い方や消費行動を見直すことが大切です。
企業活動と生物多様性リスク
企業による大規模な農業、林業、採鉱、漁業などの事業は生物多様性リスクの主要因です。過剰な事業は、在来種の減少や生態系の機能喪失につながります。
人類は自然の恵みに多くの恩恵を得ています。全世界で20億人以上が調理や暖房の燃料として木材を使用しています。医療分野では約40億人が自然由来の薬に頼っています。また、世界の食料作物の大半は動物による花粉媒介で成り立っており、果物やコーヒー、カカオといった身近な農産物も例外ではありません。
企業は短期的な利益や効率の追求だけでなく、自然資本への依存度と環境への影響を適切に評価し、リスク管理やサプライチェーン全体での持続可能な資源利用を進めることが求められます。
IPBESの今後
IPBESは2024年に社会変革アセスメントやネクサス・アセスメントを承認・発表し、現在は第二次地球規模アセスメントの準備が進んでいます。加えて、企業・金融セクターとの連携も強化されつつあり、政策だけでなく経済分野への影響も強めています。
変革的変化とネクサス評価の活用
IPBESは2024年に2つの主要評価「社会変革アセスメント」と「ネクサス・アセスメント」を承認・発表しました。
社会変革アセスメントでは、生物多様性の喪失を止めるために、既存の経済や政治、社会システムにおける根本的な転換の必要性を指摘しています。ネクサス・アセスメントは生物多様性、気候、水、食料、健康といった複数分野の関係性を理解し、それを政策に反映することの大切さを提唱しています。
今後IPBESはこれら2つの評価結果を各国政府、国際機関、民間セクターに広く普及させ、政策実装や国際目標への反映を後押ししていくことになります。
第二次地球規模アセスメントの準備
IPBESは現在、「生物多様性と生態系サービスに関する第二次地球規模アセスメント」の準備を進めています。これは、2024年12月にナミビア共和国・ウィントフックで開催された第11回IPBES総会において、正式に合意されたものです。報告書の発表は2028年を予定しており、今後4年間にわたり執筆・レビュー作業が行われます。
このアセスメントは、生物多様性と自然資源の現状、政策の効果、未来予測などを包括的に分析するものであり、国際的な環境ガバナンスに大きな影響を与えるとみられます。
企業や金融セクターとの連携強化
すでにTNFDでは、IPBESのレポートが企業の環境リスク分析や目標設定に活用されています。これからも、評価手法の標準化や事業設計の支援といった側面で、IPBESは重要な役割を果たしていくでしょう。
またIPBESは現在、企業や金融セクターが生物多様性に与える影響と依存関係を包括的に評価する「ビジネスと生物多様性評価」作成も進めています(2025年6月時点でドラフト版完成、外部レビュー実施中)。このアセスメントは、自然資本の持続可能な利用に向けた企業や金融機関の行動変化を促すことを目的としており、2025年に成果が発表される予定です。
まとめ
IPBESは生物多様性と自然資本を科学的に分析・発表・評価する政府間組織として、各国の政策決定を支えてきました。2025年時点においても、最新の科学的知見を取り入れながら、新たなグローバルアセスメント作成が進行中です。IPBESの評価や提言の仕組みを理解することで、企業は政策がどのように決まるのかを理解し、事業活動やライフスタイルを見直す手がかりを得ることにつながります。




