CDP水セキュリティとは|概要・企業への影響・国内の事例を解説

気候変動が深刻化する現代、企業の水資源管理は重要な課題となっています。CDP水セキュリティは、企業の水資源リスクを評価し、持続可能な水管理を促進するための国際的な枠組みです。本記事では、CDP水セキュリティの概要と企業への影響、国内企業の取り組み事例について詳しく解説します。CDP水セキュリティの重要性を理解し、持続可能な経営へとつなげましょう。

CDP水セキュリティとは

CDPとは、2000年にイギリスで設立された環境NGO団体です。「Carbon Disclosure Project」の頭文字をとった略称で呼ばれており、「人々と地球にとって、健全で豊かな経済を保つこと」を目的とし、企業に気候関連の情報開示を要請する組織として活動していましたが、現在では森林保全・水質保護にも範囲を広げています。
CDPは毎年、世界中の企業に対して環境課題への取り組み状況を質問書という形でヒアリングしています。その結果をまとめた「気候変動レポート」に加え、水関連のリスクを評価する「水セキュリティレポート」、森林減少リスクを評価する「フォレストレポート」もあわせて公表されます。
2022年には、東京証券取引所のプライム市場上場企業1,841社すべてに対して、CDPが調査の要請を行いました。企業にとっては、CDPの質問書に回答することで環境への取り組みという数値化が難しい部分について、客観的な評価が得られるメリットがあります。

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CDP水セキュリティが重要な理由

CDPによると、水セキュリティ(水の安全保障)は以下のように定義されています。
「生活、人間の福利、社会経済的発展を 維持し、水を媒介とする汚染や水関連の災害からの保護を確保したうえで、平和で政治的安定性のある気候の中で生態系を保全するため、適切な量の良質な水への持続可能なアクセスがあること」
出典:2023年CDP水セキュリティ質問書 導入編(CDP)p.2

人々の生活はもちろん、企業活動においても重要な役割を果たす水が汚染されると、事業継続ができなくなるなど深刻な影響も考えられます。
2024年6月、「ノン・ディスクロージャー・キャンペーン(CDPの活動に賛同した機関投資家やCDP署名機関が、前年度回答していない企業へ情報開示するよう働きかけること)」を通して、金融機関や投資家が企業に対して水関連の課題と水リスクについてデータを報告するよう要請しました。その要請数は前年と比べ122%も増加しています。
近年、多くの投資家や金融機関が水関連のリスクや機会に注目していることから見ても、CDPの質問書の中で水セキュリティの重要性が増しているとわかります。

世界の水に関連するリスク

国連の2018年の推計によれば、世界ではおよそ20億の人々が安全な飲料水へアクセスできておらず、世界人口の40%が水不足の影響を受けています。2030年までに淡水必要量に対する資源の不足は40%に達すると見られ、世界人口が急増を続ける中でグローバルな水危機が迫っています。
そこで国連総会は、世界的な水のリスクを回避するため2018年から2028年の10年間を「水の国際行動の10年」と定め、水問題への取り組みを進めています。そのうちの一つである国連水関連機関調整委員会(UN-Water)では、水リスクに関するさまざまな情報提供や「国連水会議2023」を通じた世界レベルでのパートナーシップによる水問題の解決を目指しています。
「国連水会議2023」では、気候変動や紛争が水に及ぼす影響や、水危機の緊急性が人々の健康・食料安全保障と重要な関連性を持つことなど、幅広い議論が行われました。水会議の成果である「水行動アジェンダ」には、安全な水が確保できる世界への変革を推進するためのコミットメントが700以上も盛り込まれました。このアジェンダをもとに、今後の各種サミットなどでフォローアップが実行され、国際社会が協調して水問題に対処することが期待されています。

CDP水セキュリティが企業にもたらす影響

CDP水セキュリティを通じた情報開示は、企業に以下のようなメリットをもたらします。

・潜在的な事業リスクの開示
国土交通省によると、日本の水資源のうち約88%は河川の水を利用しています。しかし近年の水温・気温上昇をはじめとする気候変動の影響により、水質へのさまざまな影響が懸念されています。地球温暖化によって降水量や河川の水の状況が変化することは、潜在的な事業リスクを高める可能性もあります。CDP水セキュリティへの回答を通して、これらのリスクへ事前に備えることにつながります。

・企業イメージの向上
国内外で多くの企業が環境への取り組みを公表していますが、CDPという第三者機関によって検証されたデータは正確性が高く、顧客・従業員・消費者・投資家などのステークホルダーにとって非常に信頼できる数値だといえます。環境に優しい製品を装う「グリーンウォッシュ」を避けた透明性の高い情報開示は、企業イメージの向上につながります。

・競争優位性の向上
CDP水セキュリティを通して、企業は自社の水リスクへの取り組みを社会に広く周知できるだけでなく、自社の付加価値を高めることができます。これにより、従業員エンゲージメントの向上や新たなビジネス機会の獲得、顧客の信頼性向上といった、競争優位性の向上も期待できるでしょう。

・プロセス改善、コスト削減
CDPの質問書に回答することは、第三者にビジネスシステムとデータフローを調査してもらうこととイコールです。これにより、自社だけではわからなかったプロセス改善の余地が把握できます。ターゲットを絞った無駄のない水リスクへの取り組みにより、コスト削減につながる可能性もあります。


出典:我が国の水利用の現状と気候変動リスクの認識(国土交通省)p.26

CDPによると、水リスクの財務への潜在的な影響は3,360億米ドルにのぼります。さらに、2020年にCDPに報告された水関連のビジネス機会の総額は7,110億米ドルでした。CDP水セキュリティ質問書に回答し、企業が水リスクとその影響を認識すると、サプライチェーンのレジリエンスが向上します。企業が水セキュリティの質問書に回答する意義は十分にあるといえるでしょう。

CDP水セキュリティ調査で問われる内容

CDP水セキュリティ質問書では、全部で11項目の内容が問われます。以下では、その中から主な質問項目を抜粋して解説します。


出典:CDP水セキュリティ2023 詳細編ウェビナー Ver 2.0(CDP)

W1~W2:現状と事業への影響

CDP水セキュリティ質問書では、まず事業内容と事業が水環境へもたらす影響について回答します。
・現在および将来の事業の成功において、水質と水量の重要度はどれくらいか
・事業全体で取水、排水、消費された水がどのくらいあるのか
・排水量とその処理方法はどのようなものか
・水の中に有害物質が排出されていないか
・サプライヤーとの協力やバリューチェーン全体での取り組み状況
・水に関連した悪影響を受けたり、罰則を受けた経緯はないか

上記のような質問を通して、事業全体で水をどのように扱っているかを調査します。

W3~W5:水リスクの評価手法、リスクと機会

続いて、企業がどのように水リスクを把握し、水質汚染を防いでいるかについて回答します。
・水の生態系や人間の健康に有害となりうる潜在的水質汚染物質を特定し、対処しているか
・水関連のリスク評価をどのような範囲・プロセスで行っているか
・事業に関連する水関連リスクや機会をどの程度把握しているか
・水関連のリスク・機会について、どのような対応をしているか

事業に伴う水の取り扱い方法からさらに一歩踏み込み、水質汚染や水が自社にもたらすリスクと機会への具体的な方策が問われる内容です。

W6~W9:ガバナンス・戦略・目標とその検証について

最後に、水に対する自社の方針や戦略、今後の目標について回答します。
・水に関する企業の方針はどのようなものか
・取締役会レベルの監督機関が社内に存在しているか
・水関連問題が長期的・戦略的事業計画の中に組み込まれているか
・提供する製品やサービスの中で、水への影響を少なく抑えているものはどれか
・水関連の定量的目標が社内に存在しているか
・水関連のデータについて、外部からの検証を受けているか

2023年からは、水関連の方針があるかどうかがCDPの評価で大きな影響を持つようになりました。そのポイントは「水の方針を文書化し公開していること」であり、今後はますます水関連の取り組みを社内外に報告する重要性が増すと考えられます。

日本企業の水リスク対策事例

すでに水セキュリティに関する取り組みを始めている企業もあります。ここでは3社の水リスク対策の事例をご紹介します。

サントリーホールディングス株式会社

サントリーホールディングス株式会社は、グループ全体で掲げる「水理念」に基づき、工場の節水や水源涵養、水の啓発に関する目標を掲げた活動を行っています。水理念は「水循環を知る・大切に使う・水源を守る・地域社会と共に取り組む」を柱とし、2023年には全世界の自社工場にて2015年比で28%の節水を達成しました。他にも水環境をはじめとした自然保護・再生活動など、さまざまな取り組みをグローバルに推進しています。

塩野義製薬株式会社

塩野義製薬株式会社は、事業継続に欠かせない水のリスクを最小限に抑える取り組みを実施しています。薬の製造・研究などを行う事業所の排水は、併設する排水処理施設において化学物質管理を徹底し、排水中の薬物濃度が自然環境に影響のないレベルであることを随時確認します。法律で定められた規制値よりもさらに厳しく設定した自主管理値のもと、常時モニタリングを行い水環境の保護に努めています。

積水化学工業株式会社

積水化学工業株式会社は、「Innovation for the Earth」をビジョンステートメントとして掲げ、生物多様性の保全のために自社が与える水リスクの最小化を行い、水リスクの課題解決に向けた取り組みを推進しています。工場では製造工程で使用する冷却水を循環使用し、国内外生産事業所における2022年度のリサイクル使用量は、およそ106百万立方メートルでした。特に水リスクや環境への影響が大きい事業所は毎年モニタリングを行い、取水量削減にも取り組んでいます。

まとめ

CDP水セキュリティは、企業活動における水資源管理を数値化する国際的な評価基準であり、持続可能な経営の実現に欠かせない取り組みです。企業にとっては、水リスクの見える化と改善策の実施を通じて、長期的な経営安定性を高める重要なツールとなります。
企業が積極的な水管理を行うことは、信頼性や競争力の向上に寄与します。近年は投資家や金融機関が水関連のリスクと機会に注目しており、CDP水セキュリティの重要性が増しています。今回の記事をきっかけに水資源管理の重要性を再認識し、身近なところから水環境を守るための取り組みを進めていきましょう。

【参考】