2023.2.3
農業DXとは?事例からみるデジタル化のメリットや農家の日常の変化を解説
農業DXとは「ロボットやAI、IoTなどのデジタル技術を導入して、消費者が価値を感じながらも安定した食料供給をできる農業を実現させること」です。
多様化する消費者ニーズや後継者不足に対応するには、農業にデジタル技術を導入して、農作業を省力化しつつも品質と生産量を向上させることが重要です。
本記事では、農業DXの目的やスマート農業との違いに加えて、農業にデジタル技術を導入することで、農家の日常がどのように変化するかを解説します。
「農家にとって具体的にどのようなメリットがあるのか」を知りたい方は、ぜひご参考にしてください。
01そもそも農業DXとはなにか?スマート農業との違いについて
農業DXとはスマート農業を含む概念です。つまり、農業DXを推進するためにスマート農業の導入が進められています。
農業DXは「ロボットやAI、IoTなどのデジタル技術を導入して、消費者が価値を感じながらも安定した食料供給をできる農業を実現させること」です。農業の生産現場に限らず、流通、小売り、消費者、農業行政を含めたデジタル化を指します。
一方、スマート農業は「ロボットやICTを活用して農作業の省力化や品質の安定化をめざす新たな農業」で、主に農業の生産現場でデジタル技術を活用することを指します。農業DXの取り組みの一環として、スマート農業が存在すると捉えましょう。
図1:デジタルトランスフォーメーション(DX)により実現する農業の未来
出典:農業のデジタルトランスフォーメーション(DX)について(農林水産省)
02農林水産省が掲げる農業DX構想とは?
農林水産省が掲げている農業DX構想とは何か。ここでは、農業DXを推進している背景と目的、将来めざしている姿などから、農業DX構想について理解を深めましょう。
農業DXを推進している背景と目的
農業DX構想の目的は「デジタル技術の導入を進め、消費者ニーズにも応えながら、将来にわたって食料を安定供給できる農業を発展させること」です。
ニーズとは、消費者の多種多様なニーズはもちろんのこと、緊急時において消費者の手元に食料が届けられることも含まれます。しかし、現在の日本では、農業者の7割が65歳以上であり、高齢化と後継者不足が進んでいます。
このまま営農者不足が進み生産量が減少すると、消費者のニーズに応えることもできず、緊急時に食糧不足となりかねない状況です。この状況を解決するには、引き続き農業人材 の確保をしながら、デジタル技術を導入して、少ない人材でいかに農業生産性を高めるかが重要です。
農業DXの導入により目指している姿
農業DX構想により実現を目指している姿は「消費者ニーズを起点として従来の農業では両立できない課題をデジタル技術により実現すること」です。
ここでいう両立できない課題とは、少人数による大規模な農場生産の実現や、経験の少ない農業者でも品質の高い作物を生産することなどです。
これらは、次のデジタル技術の導入よって実現が可能になりつつあります。
・自動走行トラクタの導入
・AIの活用による収穫の予測
・購買データを元にした需要の把握
・土壌分析による適地適作
・需要と供給のマッチングによる値崩れの防止
ロボットやAI、IoTなどのデジタル技術の導入が進めば、消費者ニーズに応えながら従来の農業では両立できなかった課題も解決できるでしょう。
03日本の農業DXの現状
それでは、日本の農業DXはどれくらい進んでいるのでしょう。「生産現場・農村地域・流通・消費」の観点から解説します。
生産現場
AIやIoTなどを活用したスマート農業の推進・普及のために、農林水産省と農研機構による 「スマート農業実証プロジェクト」が、全国148地区で進められています。スマート農業の導入により、農作業の省力化や自動化、効率化などが進んでいるのに加えて、IT企業の新たな発展の場としても期待できるでしょう。
実際に、自動走行トラクタや各種センサー、ドローンなどが導入され、農業DXを実現する環境が整いつつあります。しかし、依然としてスマート農業の導入に馴染みがない農業者が多いのも現実です。
加えて、機器が実証段階であることや「作物品目・営農規模・環境整備・コスト面」などの問題により、導入が難しい現状もあります。農業DXを実現していくには、これらの問題の解決が必要です。
農村地域
農村地域では、インターネットやSNSの活用による、都市と地方の人材をつなぐプラットフォームが生まれ始めています。
実際に次のような事業や活動が行われています。
おてつたび | 人材不足などで困っている地域と、地域へ行きたい若者をつなぐマッチングサービス。地域は日時や報酬、お手伝い内容を提示して、人材側は自己紹介やスキルを登録後、行きたい日や地域を選んで応募する。 |
INACOME | 地域の起業希望者・起業支援団体・農林水産省の情報を引き合わせて新たなビジネスを生み出すプラットフォーム。農村漁村の仕事を次世代へ引き継いでいく事業承継プラットフォーム「ニホン継業バンク 」や、農業技術を継承するために栽培指導をオンラインで行う「農の相棒Mr.カルテ」などのビジネスが生まれている。 |
参考:おてつたび(株式会社おてつたび)
参考:INACOME(農林水産省)
このような事業や活動は、農業生産や人材不足、農地保全などの課題の解決につながるでしょう。しかし、現状では限定的であり大きな広がりは見られていません。
流通・消費
農業分野における流通関係は、デジタル技術の活用がなかなか進んでいません。その理由として、パレット輸送や梱包資材の標準化の取り組みが始まったばかりであることや、天候により出荷時期が変動することが原因とされています。
一方、消費に関しては農業者と消費者が直接やりとりできる通販サイトを展開している企業もあり、消費者ニーズを細かく把握して生産・販売できている事例もあります。
食べチョク | 市場やスーパーを介さず、生産者から消費者へ直接お届けするサービス。収穫から最短24時間以内の鮮度の高い食材が届く。生産者自身で値決めができるシステムで生産者への還元率が高い。また、生産者と消費者が直接やりとりできる機能が用意されており、生産者におすすめのレシピを聞いたりお礼を伝えたりすることができる |
このような事例も見られますが、現状では農業者や販売事業者などの接点は限定的あり、生産から販売までの情報を共有しているケースは限られています。
04コロナ禍で明らかとなった日本の農業DXの課題
昨今のコロナ禍により、日本の農業DXにおいて次の課題が明らかになりました。
1. 国全体でデジタル化が遅れている
2. 社会経済活動が停滞している
3. 社会が不確実な状況である
4. 行政運営が非効率である
5. 社会インフラの確保が必要である
ここでは、日本の農業DXの課題を解説します。
国全体でデジタル化が遅れている
日本は諸外国と比較して、農業分野だけでなく行政や民間企業などもデジタル化が遅れています。
これは、昨今のコロナ禍により次の問題が生じて明らかになりました。
・行政における各種給付金の申請や支払いの混乱
・リモートワーク環境の不備
・非効率な押印の習慣
一方で、現在ではデジタル化への機運も社会全体で高まり、その取り組みが加速しています。農業分野も乗り遅れることなく、農業DXの実現に向けて取り組んでいく必要があるでしょう。
社会経済活動が停滞している
昨今のコロナ禍による様々な制限や自粛ムードの影響で、企業や生活者の活動が停滞を余儀なくされました。
この影響は食や農業の領域にも及んでおり、例えば以下のようなことが挙げられます。
・休校により野菜や果物の販売がキャンセル
・卒業式やイベントなどの中止により観賞用植物の需要が減少
・外食や観光需要の減少による食材販売の減少
一方で、外食や外出を控えて家庭での調理・食事が増えています。このニーズを捉えて、前述したような農業者と消費者をつなげる通販サイトの展開もあります。今後飲食や農業分野を発展させるには、食生活の変容を捉えて新たなニーズへの対応が必要です。
社会が不確実な状況である
現在、これまでにない サプライチェーン(調達・製造・管理・販売・消費までの一連の流れ)の分断が起こっているように、将来への備えをするにも「不確実性」「非連続性」がついてまわることが浮き彫りになりました。
つまり、長期的で型にはめた事業計画や政策を進めるのは難しい状況です。社会は常に変化することを前提に、不測の事態に対応できる計画を立てなければなりません。
農業分野においても、需要と供給の変化や労働力の減少など、複数の不足の事態を予想して計画を立てる必要があります。
行政運営が非効率である
前述したとおり、行政の運営が非効率であり、農林水産省においてもデジタル化が進んでいません。行政のデジタル化が進まないと農業DXの実現も遅れてしまいます。
行政が非効率である例として、以下の点が挙げられます。
・各種給付金の申請や支払いに混乱が生じている
・書面や対面での対応が前提である
・複数の窓口に申請が必要である
農業DXを本格的に実現するには、デジタル化3原則(デジタルファースト、ワンスオンリー、コネクテッド・ワンストップ)を徹底する必要があるでしょう。
社会インフラの確保が必要である
コロナ禍において人や物の移動が制限されるなか、生活の基盤となる物流やエネルギーのインフラを安定供給する重要性が再認識されました。
そして、コロナ禍によりリモートワークや遠隔診療など、デジタル技術を支える通信インフラが発展しています。しかし、農業におけるインフラの整備は不十分であり、農村地域の特性に応じたインフラ整備の課題が残っています。
例えば、スマート農業の導入においては次のようなインフラ整備が必要です。
・農村地域の通信インフラ
・農業機器の自動走行に向けた土地整備
・位置情報取得のための基地局の整備
国全体の通信や物流、エネルギーなどのインフラの強化とともに、農業地域のインフラの整備も取り組む必要があるでしょう。
05事例からみるDX化を導入した農業者にとってのメリット
ここでは、実際に農業DXを導入した農家を事例にして、どのようなメリットがあり、農家の日常がどう変わったかを解説します。
労働の省略化と生産性の向上ができる水門管理自動化システム
水門管理自動化システムを導入すると、米農家などの水管理の作業を省力化でき、作物の生産性も向上できるメリットがあります。水位センサーやタイマー機能を活用することで水管理を自動で効果的に行えるためです。
導入した米農家は次のように生活が変化しています。
●水門管理自動化システムを導入した米農家
「シーズン中に勤務時間外を含めて1日に3回(朝・昼・晩)の水門調整が必要であったが、水門管理自動化システムを導入することで、3日に1回ほどの見回りで十分になり、日曜日もしっかり休むことができるようになった」
また、効率的な水管理ができるため、雑草が減り除草剤のコストも削減可能です。このように水門管理自動化システムを効果的に導入すれば、日々の労働を効率化でき、作物の品質や生産性の向上にもつながります。
データ活用により経営改善や生産拡大ができる環境制御システム
環境制御システムを導入すると、ハウス内の環境を最適な状態に維持できるため、収量の増加や品質の向上といったメリットがあります。ハウス内の環境を農業者が設定した数値や測定値にもとづき、自動でかん水や天窓の開閉などを実施してくれるためです。
機器の種類にもよりますが、環境制御システムはスマートフォンなどで、天窓の開放や暖房機の操作などが行えます。
導入したハウス栽培農家は次のように生活が変化しています。
●環境制御システムを導入したハウス栽培農家
「天窓の開放や環境機器の制御に1日60分〜90分必要であったのが、1日30分までに削減できた。短縮された時間を誘引や葉かき、出荷調整作業などに回すことができ労働時間を改善できた」
このように、環境制御システムはハウス栽培の生産拡大や経営改善ができるのに加えて、農家の労働環境の改善にもつながります。
エネルギーの自給自足と販売ができるソーラーシェアリング
ソーラシェアリング(営農型太陽光発電)とは、農地に支柱を立て太陽光発電設備を設置し、農業と発電を同時に行う取り組みです。導入することで、発電の自家利用や売電による収入を得られるといったメリットがあります。
導入した農家は次のように生活が変化しています。
●ソーラーシェアリングを導入した農家
「自家発電をハウス内の暖房に利用することで年間600万円の電気代を削減できた」
「経費削減を気にせず出荷棟の空調設備を利用できるため職員の熱中症予防につながった」
このようにソーラーシェアリングの導入は、経営面の利益向上や経費削減に加えて、職場環境の改善にもつながります。
06まとめ:農業DXを導入すれば農業の効率化や発展につながる
農業DXを効果的に導入していけば、農作業の効率化や発展につながるのに加えて、農業者の労働環境の改善にもつながります。
特に近年では、農業と発電を両立できるソーラーシェアリングが注目されています。なぜ、ソーラーシェアリングの開発や普及が注目されているかを知りたい方は、次の記事を参考にしてください。
【参考】
・「農業DX構想」の概要(農林水産省)
・スマート農業(農林水産省)
・農業DX構想(農林水産省)
・農業DXの取組事例(農林水産省)
・農業DXの事例紹介(農林水産省)
・複合環境制御装置の導入による労働時間の削減(農林水産省)
・農業新技術活用事例(農林水産省)
・営農型太陽光発電について(農林水産省)
・おてつたび(株式会社おてつたび)
・INACOME(農林水産省)
・食べチョク(株式会社ビビットガーデン)