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2023.4.20

酪農危機はなぜ起きたのか?背景や乗り越えるためにできることを解説

酪農危機への不安が高まる昨今、「何が起きているか・なぜ起きたのかを整理して理解したい」「酪農業を営む法人や個人として、できることを知りたい」という方も多いのではないでしょうか。

そこで本記事では、酪農危機について「何が起きているか」「なぜ起きたのか」といった基本情報や背景を整理した上で、酪農危機を乗り越えるためにできることを解説します。酪農危機によって生じる課題や不安を解消するきっかけを得られる内容ですので、ぜひ最後までご覧ください。

01酪農危機とは|何が起きているか

酪農危機とは、主に「飼料価格の高騰による経営圧迫」「肉用子牛の価格下落による収益低下」の2点により、多くの酪農家が経営困難に陥っている状況を表した言葉です。2023年3月に一般社団法人酪農中央会議が「日本の酪農家の85%が赤字経営」というセンセーショナルな調査結果を公表しました。

以下では、「何が起きているか」をより具体的に解説します。

飼料価格の高騰による経営圧迫

農林水産省のデータによると、配合飼料の価格(工場渡し価格)の値上がりが続けています。具体的には、2020年10月時点は1トンあたり約67,000円だったのに対して、2023年1月時点では1トンあたり約100,000円となり、1~2年の間におよそ1.5倍となっています。

配合飼料価格安定制度による一部補てんを行うものの、急激な値上がりに対応しきれず経営危機を訴える酪農家も少なくないのが実状です。

肉用子牛の価格下落による収益低下

肉用子牛の価格下落による収益低下も酪農危機を助長しています。オスとして生まれた子牛や肉用牛とのかけ合わせで生まれた交雑種の子牛は、肉用として畜産農家などに販売されており、酪農家にとって大切な収入源といえます。しかし2022年5月以降は下落傾向が続いていることで、酪農家の経営は厳しさを増しているのです。

02酪農危機の背景|なぜ起きたのか

酪農危機が「なぜ起きたのか」について、主な背景を4つ紹介します。

コロナ禍による需要減少

1つ目はコロナ禍による需要減少です。コロナ禍において学校給食の停止や、外食産業・観光業の低迷が生じた結果、乳製品の消費が激減しました。「生産しても売れない」という状況は、酪農業に対して収入減少という直接的な痛手となります。

先述した肉用子牛の価格下落についても、コロナ禍による外食産業・観光業の低迷が影響しています。肉牛に対する需要の先行きが見えづらいなか、子牛を買い取り育てる肥育農家が赤字を懸念して購入意欲が低下したのです。

ウクライナ侵攻に起因する飼料の価格高騰

2つ目は、ウクライナ侵攻に起因する飼料の価格高騰です。ウクライナは穀物輸出国であり、小麦やトウモロコシなどの生産を担っていました。ウクライナ侵攻が起こる前の2021年における輸出量は、小麦が世界で第5位、トウモロコシは世界で第3位でした。

しかしウクライナ侵攻以降、輸出価格は上昇の一途をたどります。その結果、飼料の7割以上を輸入に頼っている日本の酪農業は価格高騰のあおりを大きく受けてしまったのです。

円安による飼料や燃料の価格高騰

3つ目は、円安による飼料および燃料の価格高騰です。コロナ禍のなかウクライナ侵攻が起きた2022年、さらに円安が急速に進みました。先述の通り日本は飼料の大半を輸入に頼っているため、円安進行による輸入飼料の価格高騰は酪農業の経営を圧迫します。

バター不足解消に向けた増頭直後の状況悪化

4つ目に、バター不足解消に向けて増頭体制を整えた直後に1~3のような状況悪化が起きたことが挙げられます。

2014年から2015年にかけて「バター不足問題」が発生しました。生乳の需要量が供給量を上回ったことで、バターを入手しづらくなったのです。酪農家の高齢化や担い手不足による生産力低下が主な原因とされています。

こうしたバター不足問題を解消するために、政府は畜産クラスター事業を推進します。酪農・畜産分野の生産基盤強化や収益拡大を目的としたものであり、酪農業のために必要な施設や各種機械への投資金額を最大で半額補助するという施策などが盛り込まれました。その結果、酪農業界において増産体制化が進み、2019年頃から生乳の生産量は伸長します。

しかし、2020年にはコロナ禍となり、2022年にはウクライナ侵攻が起き、さらには円安まで生じてしまいます。ようやく増産体制が整いかけたタイミングで、需要低下と飼料価格高騰が同時に起きてしまったため、より深刻な状況となったのです。

03酪農危機を乗り越えるためにできること

酪農危機を乗り越えるためにできることには、何があるのでしょうか。ここでは、酪農危機を乗り越えるために有効な取り組みについて解説します。

自給飼料の比率向上

自給飼料の比率を向上させることで、世界情勢などに左右されない安定した経営体制を確立できます。

世界的な飼料価格の高騰を受け、政府は飼料自給率の向上に乗り出しています。具体的な目標は、2020年度に約25%だった飼料自給率を、2030年度までに34%に引き上げることです。そのため、国産飼料の利用拡大に取り組む酪農家に対して、コストの一部を補てんする施策などを打ち出しています。

酪農家自ら行える取り組みとしては、自農場で栽培した牧草の比率アップが挙げられます。とはいえ急に農地を増やすことは困難です。そこで、電気柵を設置するなどして外部の動物が侵入するのを防ぐことにより、今あるスペースで生産量を最大化する工夫をしてみてはいかがでしょうか。

飼料用米の活用

酪農危機を乗り越えるためには、飼料用米の活用も有効です。飼料用米は国内の水田で生産されるため、飼料の海外相場に左右されることなく経営の安定化を図れます。さらに地元農家と契約すれば、地元米の利用によるブランド化や水田活用を通じた地域活性化も可能です。

また、飼料として一般的に用いられるトウモロコシと比べても同程度の栄養価があるため、運用を大きく変更する必要もありません。

飼料用米の入手方法としては、地元の農家から直接購入する方法、農協や飼料メーカーから購入する方法などがあります。

エコフィードの活用

エコフィードも酪農危機を乗り越えるための一手となります。エコフィード(ecofeed)とは、環境にやさしい(ecological)や節約する(economical)などを意味するエコ(eco)と飼料を表すフィード(feed)をあわせた言葉です。

醤油粕のような食品を製造する過程で出来る副産物・売れ残ったパンや弁当・野菜くずなどの調理残さ・規格外で販売されない農産物などを利用して製造します。

具体的な事例としては、豆腐の副産物である「おから」を使用した「おからサイレージ」を牛の飼料として活用しているケースがあります。おからサイレージは、おからをトウモロコシなどと配合して乳酸発酵させて製造されます。

またエコフィードは自らの経営安定化だけでなく、自然環境や社会にも貢献できる点、そのアピールによりブランド力を高められる点もメリットといえるでしょう。

ソーラーシェアリングの導入

ソーラーシェアリングの導入は、酪農危機に対しても有効に働く可能性があります。ソーラーシェアリングとは、農畜産業を行うエリアに太陽光発電設備を設置して、農畜産業は従来通り行いつつ、同時に太陽光発電も行う取り組みのことです。「営農型太陽光発電」とも呼ばれます。

2013年の農林水産省による「支柱を立てて営農を継続する太陽光発電設備等についての農地転用許可制度上の取扱いについて」という通達以降、全国的に広がりつつあります。

発電した電気を生産活動に利用することで、コスト削減を実現できるだけでなく、余剰分を売電すれば収入アップにもつながる点がメリットです。酪農危機のようなメイン事業が脅かされる事態に対しても、エネルギーの自産自消によるコスト削減と安定した副収入により経営を安定させる一助になる可能性があります。

こちらの記事では、ソーラーシェアリングを導入した農家さんの事例を紹介しています。導入までの経緯や得られた効果などをインタビュー形式で掲載していますので、ぜひあわせてご覧ください。

関連記事【導入事例】山間部の耕作放棄地を蘇らせるソーラーシェアリング。導入のポイントと効果とは?

6次産業化やブランディングによる付加価値アップ

6次産業化やブランディングによる付加価値アップへの取り組みも、酪農危機を乗り越えるためにできることの一つです。6次産業とは、農畜産業などの第1次産業の従事者が、第2次産業にあたる食品加工を行い、第3次産業である販売や流通までを一貫して手掛けることです。

6次産業を手掛けることができれば、もともとの1次産業による収益に加えて、2・3次産業の収益を得られるため、収益アップを見込めます。6次産業の例としては、チーズやヨーグルトなどはもちろん、スイーツなどに加工して販売するケースもあります。

さらに、ブランディングにも注力することで、取引先企業や消費者からの支持や信頼を得やすくなるでしょう。先に提示した飼料米で乳牛を育てることもブランディングにつながります。

酪農家の6次産業化やブランディングのサポートを行う企業も存在するため、取り組みを検討したい場合は、相談してみると良いでしょう。

農林水産省による支援事業の活用

酪農危機を乗り越えるためには、農林水産省による支援事業を活用するのも有効です。

酪農危機のなかで、各酪農家が抱える課題は多種多様です。こうした課題に対処するため農林水産省は、酪農経営の安定化や生産基盤の強化、省力化・低コスト化、後継者問題への支援など、さまざまな支援事業を展開しています。

現在抱えている課題に対して有効な支援を受けられる可能性があるため、農林水産省の支援事業の一覧を確認することをおすすめします。

04まとめ:酪農危機の先にある安定した経営を見据えて

酪農危機とは、「飼料価格の高騰」や「肉用子牛の価格下落」により、多くの酪農家が経営困難に陥っている状況を表した言葉です。

酪農危機に至った背景としては「コロナ禍による需要減少」「ウクライナ侵攻に起因する飼料の価格高騰」「円安による飼料や燃料の価格高騰」が重なったことや、これらの直前に「バター不足解消に向けた増頭直後の状況悪化」が生じたことが挙げられます。

そして酪農危機を乗り越えるためには、「自給飼料の比率向上」や「飼料用米の検討」、「エコフィードの活用」などに加えて、コスト削減や副収入源の確立で注目される「ソーラーシェアリングの導入」が有効なことを紹介しました。

酪農危機をきっかけに、経営の安定化についてこれまで以上に真剣に考え始めたという方も少なくありません。目の前の危機を乗り越えるのとあわせて、今後起こり得る新たな危機に対しても万全な経営体制を整えていきましょう。

【参考】
日本の酪農経営 実態調査 2023(一般社団法人中央酪農会議)
飼料(農林水産省)
肉用子牛価格の推移(農林水産省)
子牛が1000円?価格が大幅下落 子牛に何が?(NHK)
北海道 肉用子牛価格下落で酪農家打撃(NHK)
ウクライナの穀物生産、今年は大幅減の見通し…侵略で作付面積は4分の1減少(読売新聞オンライン)
飼料価格高騰緊急対策について(農林水産省)
飼料用米の利用に関するQ&A(農林水産省)
エコフィードについて(農林水産省)
畜産農家・関係団体に対する支援(農林水産省)

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