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「未来は地域にしかない」枝廣さんが繋ぐブルーカーボンのネットワーク

サステナブルな地域の在り方や企業・自治体の先進的な取り組みをウェルビーイングプロデューサーの小田切裕倫が訪ねる「オダギリレポート・サステナ最前線」企画。今回は、環境破壊の深刻さを世界に警告したアル・ゴアの「不都合な真実」の翻訳家であり、環境ジャーナリストとして世界で活動されている株式会社未来創造部の代表 枝廣淳子さんにお話を伺いました。インタビュー中に語られた「未来は地域にしかない」という言葉。経験に裏打ちされた、そして強い意志が伝わるこの言葉の背景にはどんな想いがあるのか、熱海を拠点として温暖化や環境問題に対するどのような活動をしているのか、お話しいただきました。

01「繋がり」を取り戻すことが課題解決への糸口

小田切:枝廣さんは環境ジャーナリストとして、「不都合な真実」の翻訳や環境問題に関する講演、企業のコンサルティング、そして政策提言の場などで幅広く活動をされてきたかと思いますが、順を追って熱海での活動の経緯などをお聞かせいただきたいです。

枝廣:私が環境問題に取り組むようになってもう25年くらいになります。よく「環境問題への意識をなぜ持ったのか」と質問を受けるのですが、小さい時に田舎で育ち、野山を駆け巡る生活をしていました。そしてだんだん野山が開発されて住宅になり、自然が失われていくのを幼い頃に体験しました。環境や地球との繋がりというのはそんな幼少期にできたのだろうなと思っています。

枝廣淳子さん プロフィール
京都府出身。大学院大学至善館教授、株式会社未来創造部代表取締役社長、イーズ代表、チェンジ・エージェント会長、幸せ経済社会研究所所長、東京ガス社外取締役。

『不都合な真実』(アル・ゴア氏著書)の翻訳をはじめ、企業や地域の持続可能性や環境・エネルギー問題に関する講演、研修等を通じて「伝えること」で変化を創り、しなやかに強く、幸せな未来の共創をめざす。コロナの影響で熱海に長期滞在中、地元のメンバーと意気投合し、未来創造部を設立。熱海のまちづくりや環境問題、次世代を育む活動に取り組んでいる。

(株)未来創造部 Webサイト:https://mirai-sozo.work/

大学・大学院では心理学を専攻し、カウンセラーになりたいと思っていました。その時のカウンセリングの実習で患者の方々の話を聞いていくうちに「人は大事なものとの繋がりが切れた時に、メンタルの問題を起こすのだ」ということを強く思ったんです。その時から「繋がり」というのが私にとってのキーワードになり、大事なものとの繋がりを取り戻すお手伝いをしたいと思うようになりました。そのままカウンセラーにはならずに色々な経験を経て、最終的には環境問題に取り組むようになりましたが、環境問題も私達人間と地球との繋がりが切れてしまった時に問題が起きるのだと思っています。地域も、地域の人達が自分の地域の伝統、文化、歴史との繋がりが失われた時にやはり地域問題が起きると思っています。ですからこの「繋がり」というのが私の活動全てのキーワードになっています。

そうして環境問題に取り組むようになり、企業のコンサルティングや行政の委員会など色々な場で活動をしてきたのですが、それって空中戦なんですね。私がどんな活動やファシリテーションをしたとしても、実際に動いて変化を作るのは地域の人。それを強く感じて、「未来は地域にしかない」と思うようになったんです。そういった想いの中で、コロナ禍による熱海への移住や、熱海を地元として長年活動をして来られた光村さん(未来創造部副社長)との出会いがありました。 国際的なレベルで空中戦をやってきた私とローカルで地に足をつけた活動を続けてきた光村さんの2人の活動をかけ合わせたら色々なことができると期待して2020年に作ったのが株式会社未来創造部です。

小田切:なるほど、そういう経緯だったんですね。移住されてきてすぐのタイミングとは、スムーズですね!

枝廣: 私はやはり現場でのリアルなことをやりたいと思う中で光村さんの力が必要でしたし、光村さんへは彼が困っていることを私の視点からアドバイスすることもでき、お互いの活動の相性が良かったのだと思います。光村さんの熱海でのネットワークのおかげでここでの活動もすごくスムーズにできるようになりましたし、未来創造部のオフィスも光村さんの繋がりからオファーいただきました。そうして「この場所があるなら企業研修やセミナーができるよね」とまた活動が広がっていって。会社を作ってまだ3年弱ですが、30年くらいやっているような気はします(笑)

02未来創造部のブルーカーボン・プロジェクトの活動

小田切:リーチしている領域が幅広く、そして全部が繋がっていますね。自然環境や社会の問題は単一な事業やイシューでどうにかなる問題ではなく、それぞれの「繋がり」をどう作っていくかという話かなと思います。その中で未来創造部は「ブルーカーボン・プロジェクト」としてプロジェクトを発足されていますが、これについて教えてください。

枝廣: はい。まず、温暖化を止めるために必要なことは3つあります。
一つ目はこれから出すCO2をゼロにすること。これが脱炭素化やカーボンニュートラルと呼ばれる活動です。省エネ、再エネしてこれから出すCO2をゼロにしていくというもの。それは必要なのですが、既に今まで出してしまったCO2は大気中にまだあり、何かに吸収されるまでは大気中に残り続けて温室効果を持ち続けます。ですから二つ目に必要なことは、すでに大気中に出てしまったCO2を回収することです。これが植林だったり、私たちが行っているブルーカーボンを増やす活動ですね。そして三つ目に必要なのが、炭素の固定化です。例えば植林した木が大きくなってCO2を吸収しても、腐ったり燃やされてしまえばCO2は排出されます。ですから、大気中に戻らないように炭素を固定化することが必要になります。これについても炭化プロジェクトを進めているところです。

ブルーカーボン・プロジェクトの活動としては、コアマモの移植といったブルーカーボンを増やすことから、各自治体・企業に向けたコンサルティングや、企業同士で学び合う活動をやっています。

未来創造部では熱海でコアマモを移植する活動を行っている (提供:(株)未来創造部)

また、日本の各地で同じようにブルーカーボンに取り組んでいる方がいるのを知っていたので、そうした人たちを繋いで学び合えるようにNPO法人ブルーカーボン・ネットワークを立ち上げてネットワーク構築に取り組んでいます。民間企業の方が自社の技術が活用できないかと見に来ることもあるので、企業と活動を繋ぐことも目的にしています。

小田切:なるほど。企業とのコラボレーションというと、実績よりも広告的な方向に流れてしまうこともあると思います。そのあたりの企業の姿勢はどうでしょうか?

枝廣: 私達のところにコンタクトしてくださる企業は大きく分けて3つくらいのグループに分かれるかなと思っています。一つはカーボンニュートラルに向けて取り組む必要があり、クレジットを作る・買う側として参加したい企業。二つ目はブルーカーボンもしくはその調査に役に立つ技術を持っていて、新規ビジネスを期待している企業。最後が純粋に「これは地球にとって正しいことだから応援したい」「一緒にやりましょう」という企業とに分かれるかなと思います。

03海中の変化を可視化・指標化して、全国へ

小田切:熱海で実験をしたことをきっかけに全国へと実証フィールドが広がれば、さらに企業同士の繋がりやネットワークが生まれてくるんだろうなと思います。そういう意味でもこの取り組みは象徴的で重要ですね。各地で行っているツアーには、そういったネットワーク構築の狙いもあるのでしょうか?

枝廣:そうですね。NPO法人ブルーカーボン・ネットワークの活動は情報発信と交流の二本柱でやっています。

気候変動については多くの人が認識しているけれど、ブルーカーボンという言葉を知っている方はごく僅かです。ブルーカーボンについてちゃんと知ってほしいと思っているので、そのための情報発信が一つ。あとは先程もあったように、ブルーカーボンに取り組んでいる地域や企業との交流です。この二本柱でやっていて、年4回ブルーカーボン・ネットワークセミナーを開催しています。そこで会員に聞いてもらったり、環境省や国交省の方に来ていただいて講演していただいたりしています。

未来創造部が実施するブルーカーボンを知るレクチャー&
船上から藻場の再生現場を見学するツアーの様子

それから、今後開発したいと思っていることが2つあるんです。一つは藻場の調査方法。移植した海藻がどれだけ生育したかビフォーアフターが分からないとクレジットも発行できないですよね。植林とは違って目視できないですから、ダイバーさんに潜ってもらうとなると多額の費用がかかる。ですから水中ドローンや水中カメラといった機材を軽トラに積んで、どこへでも手伝いに行けるような調査方法・計測方法を開発したいです。

二つ目は、海の豊かさの指標化です。ブルーカーボンは実は温暖化対策としてはCO2の吸収量がそんなに大きくなく、インパクトが小さいと言われています。 私は海の豊かさを取り戻すというのが一義的で、もれなくCO2の吸収効果もあるというのがブルーカーボンの意義だと思っています。ですから海の豊かさ、生態系、そういった点の指標化をしないといけないと思っています。とても難易度が高いことですが、色々な研究結果も出てきているので、やっていきたいなと思っています。

藻場の調査方法の確立と、海の豊かさの指標化。この2つが熱海でできれば、全国の同じような取り組みをしている方に使ってもらえるし、使ってもらいたいと思って開発しています。

04地方と国、日本と世界の繋がりを構築

小田切:そうやって熱海モデルが全国に展開されたらすごくいいですね。これまでの活動による手応えは感じていらっしゃいますか。

枝廣: 活動家としての私はやはり現場を見ることがとてもやりがいがあるし、手応えがあると思っています。船の操縦免許も取りましたので、潮風受けながら実際に海に出て、植えたコアマモが少しずつ育って、というのを日々感じられるのは幸せだと思っています。未来創造部の設立当時、光村さんに「あなたが現場で活動するようになったら、空中戦のあなたの言葉にもっと重みが増しますよ」と言われたことを今でも覚えています。そしてそれは今すごく実感しています。「こうあるべき」だけではなくて、「地元ではこうなのです」と言える強みを感じていて、それは一つの地方と霞が関とをつなぐ役割かなと思っています。

あとは、地元への広がりも実感しています。ブルーカーボンということは一般の方で関心を高く持っている方は少ないので、私達が活動する時はできるだけ地元のメディアに来てもらって記事にしてもらっています。そうすると街の人にも、「こないだも出ていたね」と声をかけられるようになりました。

小田切: 今後計画されていることを教えてください。

枝廣: この春から地元の議員への勉強会を始めています。そして、議員が勉強するということは市長が質問を受ける可能性もあるので、市長向けにも勉強会を開催しています。そして熱海でやっている「ブルーカーボンプロジェクト推進協議会」の会長に市長に就任していただきました。行政のトップに就いてもらうことで行政の担当の人も動きやすくなります。各地域によって議会と役所とをどう繋ぎ、動かしていくか。そのあたりをこの春くらいから始めています。

長期的な計画としては、熱海の海の豊かさを取り戻すことです。熱海にはもともと海藻がたくさん生息していて、昔は漁師さんが海藻をかき分けて漁業に行ったほどだそうです。今はその面影もないですが、ゆくゆくはそんな海に戻したいと思います。ただ、熱海の海域は面積も少ないので温暖化対策としては大きくない。ですから熱海の海の豊かさを取り戻しつつ、そこで私達が整えた調査方法や効果の可視化方法、社会価値の金銭化などを全国に伝えて、取り組みを広げていきたいと思っています。

もう一つは、ブルーカーボンの国際的な定義に海藻を入れることです。国際的に見た時にブルーカーボンはすごく盛り上がっているんですが、今のブルーカーボンの定義だと、海草(ウミクサ)藻場・塩性湿地・マングローブの3種類だけで、コンブ とかワカメとかの海藻(ウミモ)は入っていないんです。海草(ウミクサ)ならば土から生えているため吸収した炭素を土壌中に入れることができますが、コンブとかワカメは土ではなくて岩にくっついていますよね。吸収したものが岩に入るわけはないので、固定化したのかの科学的な立証がなかなかできなかったんです。今はそのデータを集めています。海藻も炭素を固定化することの証明ができるようになれば、国際的な基準に海藻も加わると思います。日本は海藻文化なので、海藻については一番知見があるはず。ですからそれを世界に役立てたいという想いもありますね。

小田切:そういった技術が輸出できたらいいですね。

枝廣: そうですね。温暖化対策として量を重視すると、排他的経済水域の外で漁業権のない場所を使って大規模にやる必要がある。実際海外には陸地から何キロも離れたところでジャイアントケルプという、一日に60センチも伸びるという巨大なコンブ を養殖する構想があります。

小田切:すごい、スケールが違いますね(笑)

枝廣: 沿岸区域のブルーカーボンは海草でも量が小さいので、生態系を考えながら丁寧に、海の豊かさを取り戻して漁村の活性化することを意義としてやるのがいいと思っています。

小田切:質と量の観点では取り組み方が全く違うのですね。生態系となると、手の施し方にも工夫が必要かと思います。

枝廣: 生態系の考え方だと元々そこにあったもの以外のものを持ってきてはいけないというのがあります。でも実際は熱海の海も環境や水温が変化しているので、現在の水温でも育つものを持ってこないといけません。今熱海の海にいるアイゴも、元々は熱海よりも南の方にいた魚です。このアイゴですが、草食魚なので藻場の生育に影響が出てしまいます。食用にするにも本来あまり美味しいとは言われていないのですが、そんなアイゴを地元の魚市場の方がクセを取って食べられるように商品化してくれました。「アイゴを食べてブルーカーボンを守ろう」と打ち出して。生態系についてはそういったこととの組み合わせで進めていきたいですね。

小田切:ブルーカーボンに取り組む時には、それで地域がどう変わるか、地元の人達に変化の実感をどう持ってもらうか、そうしたことが一番大事に思います。ブルーカーボンの取り組みと海の豊かさ、そして経済の発達はきちんと相関しているのだと発信している未来創造部の取り組みはいいなと思いました。本日はどうもありがとうございました。

 

未来創造部が実施している「ブルーカーボンを知る 未来創造部レクチャー&体験プログラム」について、以下の記事でご紹介しています。

関連記事「ブルーカーボンを知る 未来創造部レクチャー&体験プログラム」体験レポート
【Interviewer】
小田切裕倫 Hirotsugu Odagiri
東京都出身、2013年に佐賀県唐津市に移住。佐賀と東京を行き来しながら地域、企業、生産者、社会課題を掛け合わせ広義の意味での場と物語をデザインし、人と人とのつながりを生みだすプロデューサーでありコーディネーター。
一般社団法人GBPラボラトリーズ副代表理事
株式会社Challite代表

取材日:2023年7月
※掲載情報は取材時点のものです。

写真:ゆのみふぉと 武藤慎哉(静岡県)

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