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【酪農家向け】アニマルウェルフェアとは?5つの自由の実践例とメリットを解説

アニマルウェルフェア(以下、AWとする)とは、畜産動物が生まれてから死ぬまでの間、本来の動物らしく過ごせるような快適で健康的な環境を提供するという考え方です。SDGsやESGが注目されている現代では、AWも理解を深めるべき観点です。

本記事では、主に酪農家向けにAWの定義や概念、求められる背景、日本と世界の現状を解説します。AWのメリット・デメリットや「5つの自由」の概念別に実践例も紹介していますので、取り組みの内容を具体的にイメージしたい方は、ぜひ参考にしてください。

01アニマルウェルフェア(動物福祉)とは

AWについて理解を深めるには、まずは定義や概念を知る必要があります。まずは、次のAWの基礎知識について解説します。

● 意味と基本的な考え方
● 5つの自由
● 動物愛護との違い

意味と基本的な考え方

世界の動物衛生の向上を目的とする国際機関であるOIE(国際獣疫事務局)では、「アニマルウェルフェアとは、動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態」と定義しています。

農林水産省では、畜産におけるAWを「快適性に配慮した家畜の飼養管理」と定義しています。つまり、AWとは生産や効率のみを重視した飼育管理ではなく、動物らしい自然な行動ができ、家畜が健康な心身で過ごせる快適な環境を提供しようという考え方です。

農林水産省は、結果として生産性の向上や安全性の高い畜産物につながるとして、AWの考え方の普及を進めています。

なお、酪農分野では、乳牛を管理する一つの考え方として、「身体の清潔さ・痛みや病気の排除・精神的苦痛や苦悩の排除」を意味するカウコンフォートという言葉が浸透しています。

引用:アニマルウェルフェアについて(農林水産省)
引用:アニマルウェルフェアの実践に向けて(農林水産省)

5つの自由

アニマルウェルフェアには国際的に認知されている「5つの自由」という概念があります。
概念の内容は次の通りです。

【5つの自由】
1. 飢え、渇き及び栄養不良からの自由:新鮮なエサや水の提供
2. 恐怖及び苦悩からの自由:心理的な苦悩の排除
3. 物理的及び熱の不快からの自由:適切な飼育環境の提供
4. 苦痛、傷害及び疾病からの自由:病気の予防と適切な診断・処置
5. 通常の行動様式を発現する自由:動物本来の行動がとれる機会の提供

5つの自由の実践例は記事の後半で解説します。

動物愛護との違い

AWとは日本語では「動物福祉」「家畜福祉」と訳される場合があります。同じような意味合いで使用される「動物愛護」との違いはなんでしょう。

AWは畜産動物を対象に快適で健康的に過ごせる環境を提供することを意味しますが、動物を家畜として利用することを否定するものではありません。つまり、客観的な視点を持ちながら家畜を管理・飼育する上で、本来の動物らしい快適な環境を提供することを目的としています。

一方、動物愛護は動物への虐待や非倫理的な扱いから守ることです。つまり、人は他の動物の命を犠牲にしなければ生きていけない存在ですが、みだりに動物を苦しめたり傷つけたりしてはならないという考え方です。動物愛護は、動物の命に対して感謝と尊重する考え方を持ちながら、人と動物とが共存する社会を形成するという人の感情的な部分が含まれています。

02アニマルウェルフェアが求められている背景

AWが求められている背景は次の通りです。

● 国際的な動向が出発である
● 社会的責任が問われている
● 国内の消費者需要がある

それぞれ解説します。

国際的な動向が出発である

日本がAWの取り組みを始めた背景は、OIEで畜産ごとのAWに関する国際基準が順次採択されたことがあります。従来から日本でも、畜産動物の飼養・保管方法や殺処分方法などの指針・基準が定められています。OIEなどの国際的な動向を踏まえて、AWの取り組みを推進し始めました。

具体的な取り組みは次の通りです。

1. AWに配慮した飼養管理を普及・定着させるために「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理の基本的な考え方について」が発出される
2. 畜産別の飼養管理指針が作成される
3. 輸送に関する指針と殺処分に関する指針が作成される

また、ISO(国際標準化機構)でもAWの技術仕様書を作成しており、国際機関においてAWが積極的に検討されています。

社会的責任が問われている

大量の穀物消費や糞尿による環境汚染などを低減することもAWの取り組みの一つであり、改善すべき社会的問題です。AWは環境・社会・ガバナンスにおける課題解決のための投資であるESG投資の観点にも含まれています。近年、企業が社会的な取り組みを実施することは注目されており、それらを実施しないと企業および投資家にとってリスクになります。

日本ハムはAWの推進のために「アニマルウェルフェアポリシー・ガイドライン」を制定しています。具体的には、豚のストレス軽減のために妊娠した母豚を入れるストールの利用廃止を2030年度までに進める取り組みや、飼育環境や品質向上のために農場や処理場へのカメラの設置を進めています。

国内の消費者需要がある

大手スーパーチェーンでのAWに配慮した商品の取り扱い開始やアニマルウェルフェア畜産協会による認証制度の開始など、国内でもAWの認知度は徐々に増加しています。

大手スーパーチェーンでAW食品の平飼い卵を販売したところ、全国的に1%程度の売り上げではありますが、高い成長率を示しました。このことからも国内にAW食品の需要があることがわかります。

また、アニマルライツセンターが実施した「アニマルウェルフェアまたは動物福祉という言葉を知っていますか?」 というアンケート調査では、「知っている」と答えた人が2016年には4.9%でしたが2023年には9.2%にまで上昇しており、認知度が徐々に高まっているのがわかります。

03世界のアニマルウェルフェアの現状

現状、世界各国でAWに関するさまざまな取り組みが実施されています。

● EU:子牛の単飼禁止や1頭当たりの必要飼育面積を規定するAWに関する法律を制定
● アメリカ・カナダ・オーストラリア:AWに関する法律や規約を制定
● その他の諸外国:生産者団体が家畜を取り扱う際のガイドラインを作成

ISO(国際標準化機構)やIDF(国際酪農連盟)といった国際機関でも、AWの技術仕様書やガイドライン作成されAWの対応が進められています。このように世界各国で、AWの取り組みが推進されています。

04日本のアニマルウェルフェアが遅れている理由

日本は、海外と比較するとAWの取り組みは十分に進んでおらず、消費者のAWの認知もまだ低いのが現状です。
ここからは、次の項目に沿って日本でAWの取り組みが遅れている理由を解説します。

● 取り組みには資金が必要である
● 消費者に認知が進んでいない
● 研究とデータが少ない

取り組みには資金が必要である

AWに取り組むための設備や人員、スペースなどの確保には資金が必要です。例えば鶏卵について、金網に入れて飼育するバタリーゲージから平飼いに変えると、次のようなコストが発生します。

● 施設費
● 雛導入費
● 飼料費
● 労働費

そして、増加したコストが販売価格として消費者への負担になる恐れがあります。AWの取り組みを進めるためには、増加したコストを生産者だけでなく消費者や行政、関連職種を含めて負担していく議論が必要です。

消費者の認知が進んでいない

AWは少しずつ広まりつつあるとはいえ、まだまだ消費者の認知度が低いのが現状です。
実際にアニマルライツセンターが実施した認知度調査の結果は次の通りです。

「知っている」の推移を見てわかるように、2016年から2023年にかけて認知度は高まっています。しかし、依然として「知らない」が8割前後を示し続けています。

AWに関する研究とデータが少ない

日本でAWの普及が遅れている原因の一つとして、AWの取り組みと生産性に関する研究やデータが少ないことがあげられます。AWの取り組みである家畜にとって快適な環境で飼養することは、結果として家畜の能力を最大限に引き出し、生産性を向上させるとしています。

しかし、現状ではAWと生産性との関係性が明らかではありません。今後、日本でAWを普及させるには、生産性との関連性、事業継続予測などの研究とデータが必要となるでしょう。

05アニマルウェルフェアのメリット・デメリット

アニマルウェルフェアのメリットとデメリットは次の通りです。

・ メリット①:食の安全につながる
・ メリット②:ブランド価値が高まる
・ デメリット:食品の価格が上がる

それぞれ解説します。

メリット①:食の安全につながる

AWの取り組みは、畜産動物に清潔な環境や良質な飼料を提供するため、食の安全につながります。特に過去に発生した人獣共通感染症では、家畜の健康と人の健康が密接であることが示されました。

AWが生まれた現在では、健康かつ清潔な家畜から生産される畜産物は安全性に優れているとみなされるでしょう。

メリット②:ブランド価値が高まる

AW認証を受けることができれば、畜産品のブランド価値を高めることにつながります。清潔かつ健康に家畜を飼養しているということを客観的に証明できるためです。

実際にチーズなどに認証マークを載せて販いる売戦力として酪農家も存在します。SDGsが注目される現代では、AWの食品は消費者に注目されるでしょう。

デメリット:食品の価格が上がる

AWの取り組みにより畜産動物の管理コストが上がるため、その分だけ食品の価格が上昇する可能性があります。

しかし、前述した通りAWの取り組みにより、育てられた家畜から生産される食品にはブランド価値があります。そのほかにも、AWに関心のある従業員が集まったり乳牛の状態が改善したりと農場にとって複数のメリットがあるため、取り組む価値はあるでしょう。

06【5つの自由の実施例】アニマルウェルフェアの取り組み  

ここからは、主に乳牛を事例にして、AWの概念である「5つの自由」の実施例を解説します。

飢え、渇き、栄養不良からの自由

「飢え、渇き、栄養不良からの自由」とは、清潔な水の提供と適切な栄養管理を行うことです。実施例は次の通りです。

● 新鮮な水や牧草を給与する・自動給餌機により適切な飼料を給与する
● ボディコンディションスコアなどから乳牛の健康状態を毎日チェックする
● 給餌機や水槽を清掃して清潔を保つ

物理的、熱の不快さからの自由

「物理的、熱の不快さからの自由」とは、暑熱・寒冷対策を畜産動物の種類や月例に応じて取ることです。実施例は次の通りです。

● 暑い日はミスト噴霧や換気扇により畜舎を冷却する
● 寒い日は保温性に優れたジャケットを子牛に着させる
● 自動換気装置により畜舎の温度を管理する

例えば、ある畜産農家では、ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電設備)を設置して日陰を作ることで、家畜に当たる直射日光を避けることに成功しています。真夏日に畜舎でとどまっていた家畜の活動量を増やせるメリットもあります。さらに、電力の自家利用または売電により、酪農経営の経費削減や利益向上が期待できます。

ソーラーシェアリングの導入事例や効果を知りたい方は、ぜひこちらも参考にしてください。

関連記事【導入事例】山間部の耕作放棄地を蘇らせるソーラーシェアリング。導入のポイントと効果とは?

恐怖及び苦悩からの自由

「恐怖及び苦悩からの自由」とは、驚かせたり怖がらせたりしないように畜産動物を丁寧に扱うことです。実施例は次の通りです。

● 人間が近づくと乳牛が逃げる距離を事前に把握する
● 無理な追い込みは実施せず声掛けをしながら丁寧に移動させる
● 車輪を装着した柵を利用して移動させる

海外の事例では、「乳牛に対して怒鳴る回数が多くなると乳量が減り生産性が低下した」という報告もあります。常に優しい態度で乳牛に接することが重要です。

苦痛、傷害及び疾病からの自由

「苦痛、傷害及び疾病からの自由」とは、病気・怪我の予防や診断、処置を適切に実施することです。実施例は次の通りです。

● 体の汚れや歩行状況、外皮の変化、咳、鼻水などの状態から病気の症状の有無を観察する
● AWの観点から断尾は実施しないことが望ましい。汚れが改善されない場合は尾のトリミングを実施する
● 授乳ロボットにより乳牛のタイミングで乳搾りを行い乳房炎の予防をする

乳牛だけでなく、施設などを清潔に保ち病気やケガを防ぎましょう。

通常の行動様式を発現する自由

「通常の行動様式を発現する自由」とは、動物本来の行動が取れる機会を提供することです。実施例は次の通りです。

● 天井からの採光や換気が十分にできるように設備を整える
● センサーなどで乳牛の行動を観察する
● 離乳後の子牛は同体格の乳牛と群飼してストレスを防止する

子牛の柵かじり行動は、吸乳などに関わる欲求不満の行動です。柵かじりが見られた際は群飼や粗飼料などの飼養方式を見直しましょう。

07まとめ|アニマルウェルフェアを実践して畜産動物に快適な生活を提供しよう

AWとは、本来あるはずの動物らしい生活と快適な環境を提供することです。動物が本来もっている自由に行動する権利や、心身の健康を守るためにもAWの取り組みは必要です。

AWの世界的な潮流とともに日本国内企業の取り組みは進んでいます。消費者のニーズも高まりつつある昨今では、AWへの対応はより求められていくでしょう。

【参考】
アニマルウェルフェアについて(農林水産省)
アニマルウェルフェアの実践に向けて(農林水産省)
OIEの概要(農林水産省)
アニマルウェルフェアとは? 意味や日本の現状、課題を専門家が解説(The Asahi Shinbun SDGs ACTION)
動物の愛護及び管理に関する施策を総合的に推進するための基本的な指針(環境省)
2023年 畜産動物に関する認知度調査アンケート(アニマルライツセンター)
家畜の飼養管理指針等に関するQ&A(案)(畜産振興課)
ESG投資について(財務省)
令和3年度ESG投資に係る食品産業等への影響調査委託事業調査報告書の概要(農林水産省)
アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の飼養管理指針(環境省)
新村 毅「持続可能な動物生産:特に動物福祉(アニマルウェルフェア)の現状と課題について」(東京農工大学 農学部)
竹村 勇司「動物福祉を基盤とする畜産の発展」(東京農工大学 農学部)
乳牛の農場認証申請(一般社団法人 アニマルウェルフェア畜産協会)

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