2023.1.17
これからを変える「スマート農業」とは?導入の目的と事例
いま、農業のあり方が大きく変革を遂げようとしています。従来人の手や感覚に頼る部分が大きかった農業に、AIやドローン等の新しいテクノロジーを導入する「スマート農業」と呼ばれる取り組みが生まれているのです本記事では、スマート農業の概要や導入の目的、事例をご紹介します。
01スマート農業とは
近頃、耳にする機会が増えた「スマート農業」という単語。IT技術を使った農業、というぼんやりとした認識があっても、具体的なイメージがつきづらいという方も少なくないでしょう。ここでは、スマート農業の概要や注目されている背景についてご説明します。
IT技術を用いた新たな農業のスタイル
農林水産省 によれば、スマート農業は「ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用する農業」とされています。世界的に開発が進むロボットやAI、IoT関連技術を農業分野に活用し、作業の自動化・情報共有の簡易化・データの活用を進めることで、生産効率の向上や農業従事者への負担減を目指すのが主な導入目的です。「スマートアグリ(Smart Agricultureの略)」や「アグリテック」と呼ばれることもあります。
近年では農林水産省が旗振り役となり、スマート農業の導入が積極的に進められています。各地で実証実験や技術開発が進められており、スマート農業の時代が近づいてきていることが予期されます。
なぜいまスマート農業に注目が集まっているのか
スマート農業に注目が集まっている理由について、具体的な要因を挙げながら見ていきましょう。農業分野では現在、急速な高齢化が進んでいます。年々農業従事者の平均年齢は上昇しており、 担い手不足も相まって農業従事者の数自体も減少の一途を辿っています。
また、日本の食料自給率は2020年時点で37%(カロリーベース)と低い水準でおおむね横ばい傾向にあり、日本国内の消費需要に応えられる生産能力が求められています。
こうした背景から、農業従事者一人当たりの生産量を増やし、なおかつ負担を軽減できるような農業を推進する必要に迫られているのです。そして、このような状況にぴったりと合っているのが、スマート農業という手法です。農業の現場で起きている諸課題を技術の力で解決し、日本の農業のこれからを担う存在として期待が高まっています。
02スマート農業を推進する目的
さて、こうした背景を基に、スマート農業を推進していく目的や意義について考えていきましょう。高齢化と担い手不足が深刻化する農業分野において、スマート農業には何ができるのか、一つ一つ解説します。
生産効率の向上
スマート農業導入の最も大きな目的として挙げられるのは、なんといっても生産効率の向上です。これまでの農業では手作業で行われていた生産管理や出荷前の検品等を、AIやIT技術を使って行うことでより速く、より精緻に行えるようになります。同じ人的リソースを割いた場合でも、対応可能な耕地面積や家畜の飼育頭数は格段に増えることが期待できます。人手が不足する状況下で食料自給率の向上を目指すには、こうした生産効率の向上は欠かせません。
課題を「見える化」する
スマート農業を導入することで、スマート化した部分についてはデータを蓄積できるようになります。すなわち、これまで熟練者が感覚で捉えていたような事柄について、誰でも詳細かつ正確に把握可能になることを意味します。生産現場で起きていることを捉え、対策を講じるという一連のサイクルが、これまで以上に円滑になるでしょう。
継承を容易にする
先ほどご紹介した「課題の見える化」の他にも、スマート農業を実施してデータを蓄積する意義があります。それは継承をよりスムーズにするという効果を得られるということです。これまでの農業はどうしても属人的にならざるを得ず、栽培や生育方法に関するノウハウを共有することが非常に難しいという課題を抱えていました。
スマート農業の導入と合わせて生産や出荷に関するデータを蓄積・可視化できていれば、継承は以前よりも容易になります。今後さらに農業の自動化が進めば、データを譲渡するだけで継承が完了する可能性すらあるでしょう。
農業分野において次世代の担い手が不足している中、ノウハウ継承のハードルが下がれば、「農業で働きたい」という人が実際に農業に関わり、活躍しやすくなるでしょう。
03スマート農業の課題
ここまで、スマート農業を導入することで得られるメリットについてお話してきました。しかし、日本国内ではなかなかスマート農業が浸透していないのも事実です。ここでは、スマート農業が抱える主な課題を2つご紹介します。
導入のハードルが高い
まずは生産・出荷等の設備をスマート化するにあたってハードルが高いことが課題として挙げられます。特に既存の設備へのシステム組み込みが難しい場合、設備を全て再構築しなければならないケースがありますが、その間生産が止まってしまうことやコスト面から現実的ではないケースがあるでしょう。そうでなかったとしても、設備導入のイニシャルコストが高くなるためにスマート農業へのシフトをためらっている農家の方も多いかもしれません。
例えば、収穫ロボットの価格は1台500万円ほどするものもあり、複数台運用することや収穫期のみ使用するとなると利用頻度が限られることなどを考えるとさらにイニシャルコストはかさんでしまいます。農林水産省による補助金制度も例年発表されてはいますが、スマート農業が浸透するまでにはもう少し時間がかかるとみられます。
ノウハウと人材の不足
スマート農業導入のハードルになっているのは、設備やコストの面だけではありません。スマート農業では、ICTを活用した農業機械の使用方法や蓄積したデータの活用方法をマスターする必要があり、特に高齢の営農者にとっては、ICT機器の利用自体がハードルとなってしまうこともあります。
今後は、農業のスマート化推進とともに、営農者のICTリテラシーの向上やアグリテックに強い人材の育成に注力しなければなりません。
04スマート農業の導入例
ここからは、スマート農業の導入例を3つご紹介します。これまで人の手や時間をかけて行ってきた作業をIT技術やロボットで行うことができるようになると、農業のスマート化への道筋がより現実的になります。ここでご紹介する事例はそうした展開の先駆けになるでしょう。
①収穫ロボット
収穫ロボットとは、その名の通り自動で農作物の収穫を行うロボット機器のことです。農作物にぶつからないようにしながら栽培棚の間を走行し、作物をカメラで捉えて収穫に適しているかを自動で判断し、基準を満たしていれば摘み取ります。これまで経験に基づき人が目視で行っていた「収穫すべきかどうか」の判断には、AIによる画像認識技術が用いられています。
例えば、ピーマンの一大産地の宮崎県新富町にあるスタートアップAGRIST(アグリスト)株式会社が開発したピーマンの自動収穫機は、AIにより収穫に適したピーマンを選別して収穫することができます。人の手による収穫作業のように、収穫時にまず木から切り離し、さらに余分な茎を短く切るという2度切りをロボット1台で行えるため、そのまま出荷できる状態で収穫できるのが特徴です。収穫の人手不足をカバーし、人件費の軽減、作業の効率化ができる他、収穫ロボットが巡回することで、病気の早期発見ができ、収穫量の増加にもつながっているそうです。
②農業用ドローン
近年、さまざまな業界で活用されているドローンですが、農業分野においては主に農薬や肥料の散布、播種、農産物の運搬、作物の生育状態を数値化して測る「ほ場センシング」等の場面で利用されています。北海道函館市で行われているのは、ドローンを使った長ねぎの生育診断です。ドローンでほ場の画像を撮影し、生育マップを作成、生育のムラを可視化できるようになりました。この生育マップを基に土壌を採取・分析、生育ムラの原因がpHであると特定し、石灰資材の施用料を調整することで、生育ムラの減少と品質の向上につなげることができたそうです。
こうした作業は、従来のように目視で行う場合と比較すると非常に効率が良く、作業時間の大幅な短縮を図ることが可能です。急傾斜地での作業負担を軽減する効果も見込まれます。
従来も産業用の無人ヘリコプターを使った農薬散布は行われていましたが、より小型で取り扱いのしやすいドローンの活用が急激に増えてきています。さらにセンシングデータと連携させたピンポイントでの農薬散布やこれまで作業の難しかった山間部の急傾斜地などへの利用が拡大すれば、今後さらにドローンの導入が進むと考えられています。
③田畑のモニタリング
農作物を栽培する際には、湿度や温度、土壌に含まれる水分量などのさまざまな要素を観測し、作物の生育に最適な環境を保つ必要があります。そこで行われるのが、モニタリングという計測作業です。スマート化によって実現できるのは、「どこにいてもモニタリングができる」という利便性の向上です。田畑やハウス内に設置されたセンサーをシステム接続することで、遠隔地からパソコンやスマートフォンを使用して栽培状況の確認ができるようになります。
センサーを田畑に設置しない場合でも、衛星画像を用いて作物の活性度を測るシステムを使うことで生育状況を簡単に把握可能なケースもあります。実際、北海道新篠津村では、「衛星リモートセンシング」と呼ばれるシステムを導入し、小麦や米の生育管理が行われています。
また、灌水(かんすい)ホースを事前に設置し、システム連携しておくことで、水分量センサーや日射計から得たデータをもとに自動で灌水をすることも可能です。現場に赴いて作業をする手間が軽減されるため、ぜひ活用したい技術だといえます。
④ソーラーシェアリング
農業の新しい形の一つとして、「ソーラーシェアリング」という取り組みも注目されています。ソーラーシェアリングとは、太陽光を農業と発電でシェアするもので、具体的には農地に支柱を立て太陽光パネルを設置することで、従来通り作物を栽培しながら、同時に発電も行います。パネルの配置や角度を調整することで、農業への影響を最小限に抑えつつ、売電による追加収入を得ることで農業経営の安定化が期待できるとして注目されています。
ソーラーシェアリングについては以下記事で詳細にご説明しておりますので、是非ご覧ください。
05新たな農業のかたちを模索するきっかけを
今回は、スマート農業を導入する目的や課題、活用例をご紹介しました。農業設備をスマート化することで、今行っている作業の自動化や簡略化により、生産効率や品質を向上させる効果を見込めます。また、スマート農業の導入をきっかけに、新たな農業のあり方や働き方を模索する機会が生まれることも期待されるでしょう。農業の未来をつくるスマート化の流れから、今後も目を離すことができません。
【参考】
・スマート農業(農林水産省)
・平成26年度 食料・農業・農村白書(農林水産省)
・スマート農業の現状と課題(野村アグリプランニング&アドバイザリー株式会社)
・農業用ドローンの普及に向けて(農林水産省)
・令和3年度農業分野におけるドローンの活用状況(農林水産省)
・AGRIST株式会社
・ドローンを活⽤したながねぎの⽣育診断(農林水産省)
・衛星リモートセンシングの利⽤による収穫作業の効率化(農林水産省)